第47話「2人きりの夜」
部屋が……1つしか取れていない?
つまりそれは、相部屋ということになるだろう。
晴海と、相部屋?
「いや、僕はいいです。適当にネカフェを探しますよ」
「そういうわけにもいきません。私のミスでこうなってしまったのですから……」
何度も彼女は頭を下げた。
しかし倉田としても相部屋になることを二つ返事で了承していいものか、返答に困ってしまう。
仮にも男と女だ。
自分が襲わない保証なんてどこにもない。
いくらなんでも信用しすぎなのではないか?
だけど、こんなチャンスも滅多に来ない。
投げ捨てるのももったいない気もしてならない。
この2つの心がせめぎ合っていて、パッと答えを出せなかった。
「お願いします。私の落ち度ですので……」
彼女はずっと頭を下げ続けていた。
ここまでされるのも忍びない。
晴海の提案に乗るしかないのだろうか。
「えっと……いいんでしょうか」
「ソースケさんのことは信用してますから、はい……」
少し赤面しながら晴海は答えた。
本当に大丈夫なのだろうか?
これは、ちゃんと理性を保っておかないと、命はないかもしれない。
晴海に連れられ、予約していた部屋に向かう。
会話は一切ない。
ホテルの雰囲気も重なって、気まずい空気が続く。
部屋の中のベッドはやはり1人用だった。
腰掛け、布団に触ってみる
ふわふわだった。
いい素材を使っているのだろう。
ここに、今晩晴海と2人きり。
ちゃんと理性を保てるだろうか。
不安だ。
「どちらから、お風呂、行きましょうか」
「え? あ、ええ……じゃあ、僕から、行きましょうか?」
彼女が入った後に風呂場に入るなんて、嫌われる要素しかない。
気持ち悪い、と思われた時点で命はないと思え。
選び続けるのだ、最善の選択を。
そそくさと風呂の用意をし、倉田は浴室に入った。
湯船は張られていない。
とっととシャワーを済ませて早くあがろう。
風呂から出てきた倉田は、持参した着替えを着て彼女のところに戻る。
まだ彼女はこちらを見てくれなかった。
「お風呂、あがりました」
「そ、そうですか……」
彼女も着替えを持参し、浴室へと向かった。
正直、この空気に耐えられない。
ひょっとしたら何かの間違いが起きるかもしれないのだ。
責任の取れる立場ではないから、そんな間違いを犯したくはない。
シャワーの音が聞こえてくる。
心臓の鼓動が早くなった。
コミケの時よりも、今までの即売会よりも緊張している。
彼女と初めて出会った時よりもずっと。
一晩……理性を保てるだろか。
「……あがりました」
備え付けのバスローブを巻いた彼女がこちらにやってきた。
刺激的な格好だ。
本当に理性を保てるか不安になってきた。
「……あまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいです」
「す、すみません!」
倉田は目を逸らし、クルクルと意味もなく部屋の隅で足踏みした。
何かしていないと落ち着かない。
しかし今夜は彼女と一夜を共にしなければならないのだ。
その時間になり、晴海は部屋の電気を消そうと壁際のスイッチに手をやる。
「あの、僕、床で寝ますよ」
「いえ、大丈夫です。そこまでしてもらわなくても」
「でも……」
「私が大丈夫と言っているんですから、大丈夫なんです」
彼女は微笑んだ。
しかし理論がめちゃくちゃだ。
けれど彼女の言い分に異を唱えることはできなかった。
わかりました、と頷き、ベッドの端に寝転んだ。
電気を消した晴海は、彼に背中合わせになるようにして横になる。
夜行バスの時に知ったことだが、晴海はどこでもすぐに寝る。
倉田が隣の席になったって、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。
だから、自分から何かをしかけなければ何事も起きないだろう。
どうなるかとヒヤヒヤしたが、意外と何とかなりそうだ。
消灯してから1時間、全く眠ることができない。
寝返りを打とうにも彼女がいるからやりづらい。
「……あれ?」
少しだけ違和感を覚えた。
いつもならすう、すう、と聞こえてくるはずの寝息が、今日に限っては聞こえてこないのだ。
まさか、無呼吸症候群とやらになったのではないだろうか?
詳しくないから対処の仕方なんて全くわからないけれど。
「……起きてますか?」
潜めた声で、晴海が尋ねる。
まさか起きているなんて思っていなかった。
倉田も上ずんだ声で「起きてます」と答える。
「今日はなぜか眠れないんです。付き合ってくれませんか?」
「……いいですよ」
「ありがとうございます」
ふふ、と彼女は笑って、もごもごと振り返る。
これ、自分は振り返っても大丈夫なのだろうか。
「こっち、向いてもいいですよ」
晴海の許しを得たので、ゆっくりと彼女の方に身体を向ける。
真っ暗な部屋の中だから、ちゃんと彼女の姿は見えなかったけれど、カーテンの隙間から差し込む月明かりで、なんとなくの彼女の姿は確認できた。
化粧をしていなくても彼女は綺麗だった。
白い肌は健在で、バスローブから彼女の谷間が見える。
誘っているのか? いやしかし……とりあえず煩悩を消却しようと頭を振った。
「今日は楽しかったですね」
「そうですね。コミケって、普段の即売会よりも規模が桁違いで大きくて、なんか……すごかったです。すみません、語彙力なくて」
「私もそんな感じですから。あんまり気にしなくてもいいですよ」
その後、2人は今日の日のことを語り合った。
ちとせたちとの打ち上げでは、彼女と岡が盛り上がっていたからあまり深く会話はできなかったけれど、今ならできる。
やっぱり彼女と過ごす時間は、何物にも代えがたいくらい楽しいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます