第14話「次への一歩」」
ハルから連絡が来たのは、倉田が恋心を自覚してから2週間近くが経った頃だった。
彼女からの連絡。
たったそれだけの事実で心は舞い上がってしまう。
早速倉田はPCを開き、本文をチェックした。
『お疲れ様です、ハルです。
完成いたしましたので、連絡させていただきました』
提出期限と定めていた日程までまだ半月近くある。
もう少しギリギリでもいいのに。
けれどリテイクのことを考えたらそのくらいが妥当なのだろうか。
岡に頼んだ時は、急に押しかけて頼んだということもあり、最低限納期までに間に合えばいいという発想でいた。
だから今回もそれでいいと思っていたが……まあ早い方がいいというのは確かだから、ありがたく受け取っておこう。
ハルが送信してきたのイラストは、相変わらず繊細で綺麗だった。
前回の同人誌で書いた2人が仲睦まじそうに手を繋いでいるイラスト。
まさしく今回書いた小説にふさわしい絵だ。
見ているだけで幸せな気分になる。
『イメージ通りです。
ありがとうございます。』
『いえいえ。
私もこのCP好きなので頑張っちゃいました』
自分も頑張った。
どうすればこの少年少女たちらしい描写ができるのか、どうすれば原作のような切なさになるのか。
いろいろ工夫した。
まだ完成はしていないけれど、ぜひとも彼女に喜んでもらいたいものだ。
とはいえ今書き上げている原稿もあと少しで終わる。
これが終わればもう完成だ。
『僕も俄然やる気が出てきました。
頑張ります』
『はい、頑張ってください』
彼女からもらったイラストを糧に、倉田はひたすら文章を紡いでいく。
これはこういう風に書いた方がいい。
これは書かない方がいい。
いろんな試行錯誤をしながら、物語は終幕へと向かっていく。
我ながらいい作品ができるぞ、と内心どこか自信があった。
しかしそれが売れるという保証はどこにもない。
事実、前回の即売会の結果は散々だったから。
それがどうした。
知ったことではない。
書きたいから書くのだ。
二次創作なんて、それで十分だ。
「よし、終わった!」
約1時間、黙々と続けていたタイピングを終わらせる。
どっと肩や腕に疲労感が残った。
本当はもっとゆっくり執筆する予定だったのだが、せっかく素晴らしいイラスをと提供してくれたのだから、その熱が冷めないうちに仕上げてしまいたかった。
『完成しました!
ハルさんのおかげです!
ありがとうございました!』
また彼女から連絡が返ってくる。
そういえば今日は休日だから、仕事は休みなのだろうか、とふと思ってしまった。
『私は何もしてませんよ』
『でも、ハルさんが表紙を描いてくれたから、僕も頑張ろうって思えたんです』
『ならよかったです。
ソースケさんの小説、楽しみにしてますね。
前の作品、とてもよかったので』
楽しみ。
その単語だけでじんと胸が熱くなる。
それと同時に、前作を読んでくれたことがとても嬉しかった。
ぐっと目頭が熱くなる。
涙がこぼれるのを堪え、メッセージを返した。
『ありがとうございます。
次の作品も期待していてください』
少し調子に乗ってしまっただろうか。
しかし今回の作品は自分でもなかなかいい出来になったと思う。
ハルのイラストばっかりがよくて、内容がお粗末だったとしたら話にならない。
それこそ表紙を描いてくれたハルに申し訳ないし、原作のキャラに泥を塗るような行為だ。
まだ自己満の段階ではあるけれど、いい小説になるような気がしてきた。
胸が高鳴る。
しかしそれは単純に同人誌が完成する、という話だけではない。
『それで、お礼の件なのですが』
『気にしなくていいですよ。当日の売り上げで考えましょう』
『そうじゃなくて。
もしよろしければ即売会が終わった後、よろしければご一緒にお食事でもどうでしょうか?
奢ります。
それでお礼ということにさせていただけないでしょうか?』
『そこまで気を遣わなくてもいいのに』
いや、気を遣う。
こういうことはちゃんとしておいた方がいい。
『お願いします』
頭を下げながら倉田は文字を打った。
文字だけでこの誠意が伝わるだろうか。
返信は少し時間がかかった。
大体5分ほどが経過しただろうか。
向こうも相当悩んでいるみたいだ。
ただぼうっとネットで動画を見る5分と、彼女からの返信を待つ5分は全く体感時間が異なる。
『仕方ないですね。
それで手を打ちましょう。
ただし、お食事の場所はこちらが指定させていただきます』
『それはもちろんです。
では、当日はそれでお願いしいます』
メッセージにハートマークがついた。
会話が終わった合図だ。
どっと体に疲れが蓄積される。
他人と関わることがそこまで多くないから、こうしてメッセージを送るだけで疲労感が募っていく。
しかし。
「これで、次、約束できた……」
椅子の背もたれに体重を委ねながら、よし、と両腕を伸ばした。
少し強引だったかかもしれないけれど、次へ、その次へ、約束を重ねていきたい。
彼女と関わることを止めたくない。
「……次の食事で、親密になれるかな」
もっと仲良くなりたかった。
あわよくば告白、その先へ……なんてことは夢見すぎだろうけれど、少しずつでいいから前進したい。
推しCPのヒロインだって、片割れである一人に一途でひたむきだった。
ちょっと素直じゃないところがよかったけれど、自分はもっと素直でありたい。
愚直でいいから、真っ直ぐ、彼女と向き合いたい。
重たい身体を起こし、倉田は鞄の中にしまっていた財布を取り出し、中身を確認する。
「……ちゃんと下ろしとこ」
今の金額だと心もとなかった。
前回一緒に食事をした際、そこまで食べる人ではなかったというのは把握している。
飲む人でもなかった。
それを踏まえても現状の財布の中は心配でしかない。
一応バイト代が入る予定ではあるけれど、不安はやはり拭えなかった。
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