第64話「お節介かもしれないけれど」

 晴海は涙を流しながら、話を続ける。


「先ほど母から連絡があって、入院中の祖父が危篤に陥った、とのことです。医師から親族や友人に連絡を入れるよう言われたそうで……どうしよう、今からじゃ間に合わない……」


 悲痛な声だった。

 彼女はとうとう立つこともできず、膝をついてしまった。

 クリスマスになんという仕打ちをしてくれたんだ、神様。


 行き場のない憤りが倉田を動かした。

 彼はスマホを開き、一心不乱に検索する。


「あの、ソースケさん?」

「確か実家は仙台でしたよね?」

「は、はい……」


 まさか、と晴海は倉田のスマホを取った。

 彼が調べていたのは、ここから仙台までの経路だ。

 手っ取り早かったのは、寝台列車で東京まで向かい、そこから新幹線で仙台に行くという方法だ。

 しかしこれだと大阪を出るのは24時を回るし、到着は翌日9時を過ぎる。

 そもそも寝台列車なんて今からだと予約なんて取れないだろう。


 ならば今から新大阪まで向かい、そこから新幹線か、とも思ったけれど、東京に着いたらその先はない。

 時間はもう9時を回っているから、終電でも間に合わないだろう。


 いっそのこと飛行機……と思ったけれど、そもそもこの時間から飛行機は飛ばない。

 完全に詰みだ。

 今から仙台に行こうとなると、確実に翌日の朝の到着になる。

 それまで、彼女の祖父が待っていられるだろうか?


「あの、私、明日の始発で行きますから。そんな、わざわざ調べなくても大丈夫です」

「じゃあ始発までの間、大人しく待ってられるんですか? それで、ハルさんの心は大丈夫なんですか?」

「でも……そうするしかないじゃないですか!」


 晴海は声を荒げた。

 こんな風に感情を露わに向けられるのは初めてだ。

 しかし怯まない。

 今、彼女は困っている。

 苦しんでいる。

 そんな彼女を放っておくことなんてできない。

 力になれるなら、なってあげたい。

 お節介かもしれないけれど、こうしないと気が済まない。


 倉田は彼女の手を取った。

 晴海の目から涙がツーっと流れ落ちる。


「後悔してほしくないんです。ちゃんと、別れの言葉を言ってあげてほしい」

「でも、でも……無理じゃないですか。今から仙台まで行ける交通機関なんて……」

「あります」


 倉田は道路の方を見た。

 多くの車が行き交っている。

 彼女も彼と同じ方向を向いた。


「……車、ですか?」

「レンタカーで高速に乗ります」

「無茶苦茶です! 何時間かかると思ってるんですか!」

「でも今すぐ行きたいんでしょう? 1分1秒無駄にしたくないんでしょう?」


 晴海は言葉を失った。

 実際その通りだ。

 この場でただじっと待つだけなんてできない。

 瞬間移動ができるのなら、今すぐ飛んで祖父のところへ向かいたい。

 だけど、それができたら今こうして悩んでなどない。


 1分1秒でも早く、向こうに行ける手段があるとするのなら……。


 倉田は彼女が手にしていたスマホを取り戻し、近くのカーレンタルの店を調べた。

 しかしどこもかしこも営業時間外だ。

 ならばタクシーにしよう、と提案したけれど、さすがに晴海が却下した。


「もういいです。大丈夫です。やっぱり無理なんですよ。今から仙台なんて」

「いや、何か別の手段が……そうだ」


 妙案を思いついた。

 これは賭けに近かった。

 倉田はすぐに電話をかける。

 相手は岡だ。


「すまん、今ちょっといいか?」

『なんや、お前デートの最中ちゃうんか。あれか、ひょっとしてフラれた──』

「冗談はいい。要件だけ言う。車を貸してくれ」


 電話越しのヘラヘラとした口調は一気にトーンが落ちた。

 空気が変わったことが伝わってくる。


『今から?』

「今から」

『どこまで?』

「仙台」

『誰が貸すかボケ』


 ブツッと電話が切られた。

 これは中々お目にかかれない岡のマジギレモードだ。

 しかしここで引き下がれるはずもない。

 彼女の祖父の容体は一刻を争うのだ。


 再び電話をかけようとしたら、今度は向こうからかかってきた。


『高速道路の経験は?』

「中国道を1回だけ」

『やっぱり貸せん。お前が運転する車に乗ったことないからようわからんけど、そんな奴にウチの車なんか危なっかしくてよう貸せんわ』

「そこを何とか!」

『せやから今から俺が行く。今どこにおんの?』


 希望の光が見えた瞬間だった。

 倉田の表情がぱあっと明るくなる。

 すぐに現在地を言い、岡はすぐに近くの立体駐車場に来いとだけ言って電話を切った。


 倉田は晴海の手を繋ぐ。


「岡が運転してくれるそうです。今から行きますよ、仙台」

「そんな、無茶苦茶です。向こうは私の事情、知らないですよね」

「運転しながら聞くって言ってました。多分大丈夫です」

「大丈夫なものですか! こんな夜遅くに、他人を巻き込んで」

「でも、ハルさんには後悔してほしくなかったから。会える時に、ちゃんと会っておかないと……後で絶対後悔することになるから」


 彼の顔が曇る。

 思い出したくないものを思い出してしまった。

 それでも、倉田は彼女を案内された立体駐車場へと引っ張った。

 もう告白なんてどうでもよくなっていた。

 今は彼女を、一刻も早く祖父のところへ送り届けてあげたい。


 電話から20分ほどで岡の車が到着した。

 彼は後部座席の扉を開け、2人はそれに乗り込む。


「本当にすみません。何も事情を知らないのに……」

「いやいや、こいつがあんなふうに失礼な物言いをするくらいやから、これはただ事じゃないな思いまして」

「悪かった、岡……」

「構へんよ。それより聞かせてくれんかな。一体ハルさんに何があったんや」


 倉田はことの顛末を語った。

 岡は彼の話に茶々を入れることなく、ただ黙って彼の話を聞いていた。

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