第8話「初めてのアフター」

 やってきたのは何の変哲もない焼き鳥屋だ。

 確かにインスタ映えはしなさそうな雰囲気だが、倉田自身あまりこういう店に入らないから少し新鮮味を覚える。

 そもそも今住んでいる地域にこういったお店が少ないのだ。


 2名様入りまーす! と若い女性の店員が威勢のいい声でホールに叫ぶ。

 そのまま2人はカウンター席へと通された。

 テーブル席はもう既にいっぱいのようだ。


「このタブレットを使って注文するんですよ」


 そう言いながら彼女はレモンサワーを注文した。

 倉田も何か飲んだ方がいいのか……と思いながらも、アルコールのページを飛ばし、とりかわやとりももなどをオーダーしていく。


「すみません、こういう時、何かお酒を注文した方がいいんでしょうけど」

「大丈夫ですよ、無理なさらずに。誰にだって得意、不得意はありますから」


 注文からすぐ、レモンサワーが届いた。

 倉田が飲むのは最初に出された冷水だ。

 レモンサワーと同じグラスに注がれているから、それだけでも飲みごたえはある。

 烏龍茶でも頼もうかと思ったが、それだけでもお金がかかるので、できるだけ安く済ませたい。


「それじゃあ、今日の即売会お疲れさまでした。乾杯」

「あ、えっと……乾杯」


 コツン、とお互いのグラスを鳴らす。

 お酒ではないけれど、なんだか大人の仲間入りを果たしたような気分だ。

 いつもよりも水が冷たくて美味しい気がする。


「ずっと気になってたんですけど、ソースケさんって、なんでそういうペンネームなんですか?」

「あ、その……僕の本名からもじったもので……今思えば少し安直だったかなと」


 本名、倉田そう

 元々、作家になるとしたら本名で活動するつもりだった。

 しかし無名の人間がいきなり本名で活動するのはリスクがあるため、下の名前からもじってソースケと命名したのだが、よくよく考えてみればこの行為もリスクあるものだ。


 ハルは手に持っていたグラスを置いた。


「私も、似たような感じです。ハンドルネームとかそういうの考えるのが面倒で、本名を少し弄った名前にしました」

「そうなんですね。なんだか、似てますね、僕ら」

「そうですね。今時ここまでストレートなのも珍しいのかもしれません」


 まだネットがそこまで普及していなかった時代、創作におけるハンドルネームは、本名をもじったものが多かった。

 しかし情報が網羅する今、もはや本名とは乖離した名前で活動することがスタンダードとなっていて、それは創作の中でも同じことだ。


 とはいえ、本名バレさえしなければ問題はない、と呑気に考えている節はある。

 別にバラす予定などないのだけれど。


「そういえばなんですけど」


 タブレットのページを移動させながら、ハルは倉田に尋ねる。


「ソースケさん、すごくお若いですね。おいくつなんですか?」

「今年21になります。大学生です」

「大学生。若いですね」

「そんなことないですよ。ハルさんもすごくお若く見えます」

「そうですか? お世辞でも嬉しいですね」


 お世辞じゃないです、と言いたかった。

 けれど、言えなかった。

 そんな恥ずかしいセリフが言えるのは、顔と性格に自信のある奴だけだ。


 とはいえお世辞抜きにしても彼女は本当に綺麗だった。

 ハリとツヤのある透明感のある肌。

 光沢のある黒い髪。

 くっきりとした目鼻立ち。

 美人と形容するにはいささかもったいなさすぎるくらい、彼女は美しい。


 おそらく自分より年齢は少し上だろう。

 立ち振る舞い的にそんな感じがする。

 けれど相手に年齢を尋ねるのは失礼だろう。

 それが女性相手なのだとしたらなおさら。


「まあ、23歳なんて、世間一般からすればまだまだ若い方だと信じたいんですけどね」


 倉田の心配事は杞憂に終わってしまった。

 まさか向こうから年齢を公表するなんて。

 肩透かしを食らった感じだ。


 とはいえ、23歳とは思えない風格だ。

 てっきりアラサーくらいの年齢かと思っていたのに。

 もちろん見た目は相応なのだけれど、雰囲気は随分と大人びていた。


 23歳……となると、浪人などしていなければ、社会人1年目だろうか。

 いや、専門学校卒業の場合、3年目になる。

 もっと言えば、高卒だった場合、5年だ。

 いずれにせよ、そんな年数で培えるような雰囲気ではない。


「失礼なんですけど、もっと上かと思ってました。すごく大人びていたから」

「昔からよく言われるんですよ。でも実際、大人ってどういうことなのか、実際に成人しても今一つ実感沸かなくて」


 それは、倉田も似たような感覚を持っていた。

 まだ大学生という肩書があるとはいえ、年齢的にはもう立派な成人である。

 つまり、大人の仲間入りを果たしたと言っても過言ではない。

 それなのに精神はまるで高校時代……もっと言えば中学、小学校の頃と、あまり変わっていないようにも思える。

 周囲の人間がちゃんと大人をやっているから、自分もちゃんと大人ができるのか、漠然とした不安を抱いていた。

 とはいえまだ20歳になってからまだ2カ月近くしか経っていないから、大人というものの本質なんて何一つとして把握していないのだけれど。


 暑いですね、と彼女はコートを脱いだ。

 中に着込まれていたのは、白のリブ生地のハイネックセーターだ。

 ボディラインがくっきり映るから、胸元の陰影がよくわかる。

 反射的に倉田は彼女から目を逸らす。

 直視のし過ぎはかえって毒だ。


 お待たせしました、と店員が料理を次々に運んでいく。

 どの料理も絶品で、頬が落ちそうだった。


「美味しいです」

「よかった。お口に合わないか心配だったんです」

「全然。僕、鶏肉大好きなので」

「そうでしたね」


 気の利いた言葉ではなかったけれど、だからこそすんなりと言えた。

 空気も凍り付いていないし、自分にしてはよくできている、と自己評価を与え、とりももの焼き鳥を口にした。

 塩加減が効いていてとても美味しい。


 その後も2人はいろいろ注文しながら、談笑を続ける。

 本当は無制限に食べたかったけれど、食べ放題プランではなかったので少し控えた。

 しかし腹が膨れるよりも満足のいく時間を過ごすことができたから、良しとしよう。

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