第86話「告白」

 風の広場。

 大阪ステーションシティ11階にあるここは、芝生とウッドデッキがある小さな広場である。

 梅田の街を一望でき、倉田が決戦の場所としてこの場所を選んだ。


 事前に調べた時、人気のデートスポットであるという文言を目にしたため、やはりカップルはそれなりにいた。

 チョコを渡す組もちらほらと見かける。

 やはり考えていることは皆同じなのだろう。


「綺麗ですね。昼はちとせと一緒に来たことがあるんですけど、夜に来るのは初めてです」


 遠くを眺めながら、晴海は言う。

 今日は1日雲一つない天気だったから、星空がしっかりと見える。

 晴れて良かった。


「チョコレート、渡さなきゃですね」


 少し照れくさそうに晴海は笑い、鞄の中からゴソゴソと何かを取り出す。

 彼女が出したのは、小さな小箱だ。

 可愛らしくラッピングもされている。


「スイーツはあんまり作らないんですけどね、今年は頑張ってみました」


 それでも晴海が作ったチョコレートなのだから、美味しいに違いない。

 ありがとうございます、と倉田は彼女からチョコをもらおうとしたけれど、晴海は一度はあげる素振りをしたものの、その手を引き下げてしまった。


「……晴海さん?」


 彼女の顔が曇った。

 無理に笑顔を繕っているのがわかる。

 出会った頃よりも、表情がわかりやすくなった。


「本当に、私なんかでいいのでしょうか」


 晴海が尋ねる。

 どういうことだろうか。

 倉田には、その発言の意図が読み取れなかった。


「あの、それって一体──」

「昨日、見ちゃったんです。ソースケさんと平野さんが一緒にいたところ」


 背筋がゾクッとした。

 まさか、見られていただなんて。

 一体いつから?

 別れ際? それともスイパラの時点で?

 とにかく浮気ではないという証拠を出さなければ。

 しかしそんなものどこにもない。

 詰み、だろうか。

 考えれば考えるほど、答えはまとまらなかった。


「えっと、その……これには事情があって」

「告白されたんですよね、平野さんに。でも、あなたはあの子を選ばなかった」

「それは……はい」

「私を幸せにしたいって」

「そこまで聞いてたんですか」


 いろいろ恥ずかしくなる。

 あの時本人の前でなかったから、いろいろキザな台詞を織り交ぜてしまったけれど、それが全部筒抜けだと思うと途端に顔から火が噴き出してしまいそうだ。

 もっと周りを見ておけば良かった。

 でも、その場合平野のことをもっと傷つけてしまっていたかもしれない。


「その言葉を聞いたとき、正直、嬉しかったんです。でも、同時に罪悪感も生まれました。平野さんに対して、申し訳ない気持ちになったんです。答えてください。私は、酷い女でしょうか?」

「それは……」


 すぐに答えられなかった。

 その感情は、人として当然持っていてもおかしくない気持ちだ。

 誰かの特別になりたい。

 誰かの特別でありたい。

 他の誰でもなく、自分が……!


「酷い、とは思わないです。それは、誰にだって持ち得ている感情だと思うから」

「でも私は、あの子の不幸を喜んでしまったんです。あの子はとても傷ついたのに……!」「平野はそんなヤワじゃないです。それに、他人の幸せを喜べる優しい人です。だからこれ以上晴海さんが悩むことなんてない」


 それに、と倉田は続けた。


「昨日、平野に言われたんです。幸せになれって。じゃないと許さない、まで言われました。だから俺たちは幸せにならなくちゃいけないんです。それが、あいつの願いでもあるから」


 ぎゅっと、倉田は晴海の手を取り、優しく微笑みかける。


「晴海さん、あなたが好きです」


 やっと言えた。

 ずっと言えなかった言葉。

 胸の奥につっかえていた言葉。

 今、ようやく形にすることが出来た。


 クリスマスの時はあんなに緊張していたのに、今はそんな感じは全くない。

 自然に口にすることが出来た。

 あとは、向こうの反応を待つだけだ。


 倉田からの告白を受けた晴海は、ボロボロと涙をこぼす。


「……やっぱり、私は嫌な人間です。平野さんのことを知っても、それでも嬉しいって思ってしまうんですから」


 涙を拭った彼女は、倉田に問いかける。


「本当に、平野さんは私たちの幸せを願っているんですよね」

「はい。もちろん」

「だったら……それに応えるしかありませんね」


 彼女は手に持っていたチョコレートを倉田に差し出す。

 そして満面の笑みを浮かべた。


「私も、あなたのことが好きです。だからソースケさん、ううん、創くん、こちらこそよろしくお願いします」


 晴海の言葉と共に、倉田はチョコレートを受け取った。

 嬉しい。

 こんなにも嬉しくてたまらない日など今まであっただろうか。


 全身に喜びの感情がほとばしる。

 ここに至るまで、いろんなことがあった。

 1年前の夜行バスで彼女と出会わなければ、今こうして同じ景色を見ていないだろう。


 倉田はぎゅっと彼女を抱きしめた。

 身長は向こうの方が高い。

 けれど、抱きしめると腰回りは本当に細くて、背中も小さい。

 女の人ってこういう感じなんだ、と思いながら、倉田は抱擁する。


「あったかいです」

「俺も、あったかいです」


 ふふ、と笑い合った2人は、見つめ合いながらゆっくりと唇を近づけていく。

 1秒、2秒、3秒……。

 どのくらい時間が経ったのかわからない。

 2人は何度も唇を重ね合い、誰も入ることのできない2人だけの時間を楽しんだ。

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