第85話「決戦前」
映画館を出た倉田たちは、近くを適当に歩いたのちに地下街へと戻り、梅田へと向かう。
いよいよ決戦の場所だ。
駅に近づくにつれて緊張感が高まる。
一度食事を挟むとはいえ、ついにか、という気分だ。
自然と口数は減っていった。
そういうことだという空気がなんとなく彼女にも伝わる。
「ご飯、期待してもいいですか?」
「はい、任せてください。ソースケさんもきっと気に入ってくれると思います」
ニッコリと、彼女は笑った。
自信があるのだろう。
言葉通りそちらはお任せするとして、自分は告白の方に意識を向けることにした。
今度こそ、リベンジするんだ。
梅田駅に着いた。
まだ夕食にするには時間が早いので、近くを少し散策する。
やはりバレンタインということもあって、スイーツ店はチョコレートの商品を押し売りしていた。
「ちゃんとありますから」
「え? あ、はい。えっと……楽しみにしてます」
思考を見抜かれてしまったみたいで、すごく恥ずかしくなる。
顔を赤くしながら、それでも彼女への期待に胸を膨らませながら、晴海の手をぎゅっと握った。
少し歩いて、晴海が紹介する店に到着した。
格式が高そうなレストランだ。
緊張するも、晴海が紹介する店なら、ということで一歩を踏み出した。
完全予約制のお店みたいだが、事前に晴海が予約していたらしい。
こういうところでの行動力の速さは尊敬に値する。
席に座り、メニュー表を眺めた。
店内の雰囲気はお洒落で高級感漂うものだが、値段は意外とそこまで高くない。
とはいえメニュー表には写真などがないのは困る。
「割り勘ですからね」
「わかってます」
10分くらい悩み、ステーキを頼んだ。
彼女はサラダを注文する。
こういう時、何をオーダーすればいいのだろうか。
失礼になっていなければいいのだけど……やはり不安だ。
「大丈夫ですよ、そんなに不安がらなくても。お食事をしに来たのですから、楽しめばいいんです」
「そ、そうですよね……」
またしても思考を読まれた。
やはりエスパーの持ち主なのではないだろうか?
「あの、晴海さんって、どうして僕の考えてることがわかるんですか?」
「だって、顔に書いてあるじゃないですか」
「……そんなに、僕の顔、表情わかりやすいですか?」
「はい」
ニッコリと彼女は笑った。
平野に続いて晴海まで。
自覚はまあまああるけれど、どうやら想像以上に顔に出てしまっているらしい。
そんなことを言ってしまえば、晴海だってまあまあわかりやすい方だと思う。
基本的に笑顔で取り繕っているが、主にプラスの感情が働いたときはよく顔に出る。
嬉しい時、楽しい時、驚いた時……何であれ、彼女の心がプラスに働くと、それなりにわかりやすく顔に出る。
実際、先ほど映画を見た時だってわかりやすく泣いていたし。
しかしマイナスの方向になると、余程のことがない限り表情を読み取るのは難しい。
疲れていても、苦しいことがあっても、彼女は笑って「大丈夫」と答える。
祖父が危篤だと伝えられた時はさすがにそんな余裕はなかったみたいだが。
まあそんなことを言ったらきっと否定されるだろうからやめておこう。
料理が届いた。
写真にはなかったからわからなかったけれど、とても美味しそうな焼き色をしている。
「美味しそうですね」
「晴海さんこそ、サラダだけで足りるんですか?」
「歳を重ねると、だんだん胃袋が辛くなるんです。あなたも覚悟した方がいいですよ。今は大丈夫でも、そのうち油ものが受け入れられなくなりますから」
悪役のような顔を晴海は見せた。
なんだか重みのある言葉だ。
自分もそうなるのだろうか。
歳は取りたくないけれど、避けられない事実である。
それでも、彼女と一緒に歳を重ねてみたいという気持ちはあった。
一応晴海の頼んだサラダの値段を確認する。
案の定だったが、自分が注文したステーキより安かった。
なるほど、と思った彼は、ステーキを一口サイズにカットして、小皿に移した。
「一口あげます」
「いえ、悪いですよ、そんな」
「美味しいから、是非食べてほしいんです。まあ、晴海さんだったら多分前に何度か食べたことあると思うんですけど」
「そりゃ、まあ、一応……食べたことはありますけど」
たとえ胃袋が衰えてきているとしても、肉一切れくらいなら大丈夫だろう。
それに野菜で胃を整えているから、そこまで問題も感じない。
「その代わり、僕もいくつか野菜頂いてもいいですか?」
「……しょうがないですね」
渋々、といった具合で彼女は小皿に野菜を取り分けた。
こういうのはあまりよくないのだろうか。
テーブルマナーについてもっと勉強するべきだったな、と思ったけれど、これでお互いそれぞれの料理に手を出したのだから、割り勘になっても問題はない。
「美味しいですね。お肉がとても柔らかくて、とても食べやすいです。やっぱりソースケさんにここを紹介してよかった」
「僕もこんな場所に来るのなんて滅多にないから、新しい店を知れてとてもよかったです」
その後も箸を止めることなく、倉田はステーキを食べた。
白米がなかったことが残念だったが、あればもっとバクバク進んでいたことだろう。
腹ごしらえもこなした。
あとは告白に備えるだけだ。
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