第46話「お疲れ様会」

 岡の運転する車に乗り込んだ一同は、東京都内を散策する。

 大阪よりも建物が大きく煌びやかで、都内の道路を走っているだけで目が眩みそうだ。


「さ、打ち上げ行くで。どうする?」

「せっかくやし六本木とか銀座とか行っちゃいます?」

「行きません。適当な居酒屋でもファミレスでもいいです」


 ノリノリなちとせと岡を晴海が制する。

 2人の圧に飲み込まれてしまえば、財布が大変なことになってしまいかねない。

 この人がいてよかったな、と思う。

 もしいなかったらこの2人を止めるストッパーがいない。


 車は渋谷を走り、パーキングに車を停めた。

 車から降りた4人は街に出て、散策を始める。


 やって来たのはとある大衆居酒屋だ。

 まだ夕方で周囲も明るいが、かなり多くの人で賑わっている。

 よく見られたのは家族連れだ。


 店員に案内され、倉田たちは個室に向かう。

 繁忙時期に、なおかつ予約もしていないのに個室に入れたのは大きい。


「ほなまず何飲む? ウチビール飲むけど」

「私は烏龍茶で」

「俺も車運転せなあかんから烏龍茶」

「僕も……」

「なんやなんや、みんなお酒飲まへんのかい。まあええわ」


 ちとせが呼び鈴で絵店員を呼び、それぞれのドリンクを頼んでいく。

 この店は焼き鳥をメインに売っているが、それ以外のおつまみなども豊富に揃っていた。

 メニュー表の写真を見るだけでよだれが出てくる。


 注文から数分、人数分のドリンクがやってきた。

 各々ジョッキを持つ。

 乾杯の音頭は当然ちとせが取り仕切った。


「えー、今日は遠方からはるばる東京までやってきたわけですけど、とにかくコミケお疲れさまでした! かんぱーい!」


 そんな挨拶でいいのか、と思いながら、岡が否定することなく乾杯と叫ぶので、釣られて倉田も叫んだ。

 晴海も特に気にしていない様子だったので、こういうものなのだろう、と無理やり納得させる。

 とりあえずコチン、とグラスを岡やちとせ、そして晴海と合わせ、一口飲む。

 冷たくて気持ちがいい。

 ぷはあ、とおっさんのような声が出た。


「あー、生き返るわ」


 もっとおっさんのやつが隣にいた。

 言葉全てに濁点がついている感じがしていて、余計に老けた感じがする。

 岡はジョッキを片手にメニュー表を眺める。


「焼き鳥頼も。すみませーん」


 店員を呼んだ岡は、注文する料理を続々と言っていく。

 それに続いてちとせ、晴海も次々と料理を挙げていった。


「あの、これ食べ放題ですよね?」

「せやで。みんなで割り勘。仲良うしよな」


 それなら安心だ。

 安心……できるのか?

 まあいくら食べても一定額は決まっているから、そういう意味では心に余裕が持てる。

 今日の売り上げはいつもよりもよかったから、財布も大丈夫だ。


 料理が続々と運ばれてくる。

 倉田たちは焼き鳥やら出汁巻き卵やらを頬張りながら、談笑を続けた。

 と言っても主に話すのはちとせと岡で、ちとせはアルコールの力もあって面倒くさい絡み方をしている。


「だからなあ! ウチに色目使ってくる男どもが多いこと多いこと! ホンマきっしょく悪いで」

「でもそれは安藤さんのコスのクオリティが高いからでしょ? まあそういう野郎どもはぶっ飛ばして正解やと思いますけど」

「やんなあ! 玉一つぶっ潰したろか」


 なんでこんな下賤な話になっているのだろう。

 正面の晴海は、他人のフリをしながら唐揚げを丁寧な所作で食べていた。


「ハルさん、明日はどうします?」

「予定通り浅草方面を散策しましょうか」

「えー、いいなあ!」


 晴海との会話に、ちとせが乱入する。

 さっきまでコス中にいやらしい目を向けてきた男の話をしていたのではなかったのか。


「ウチも一緒に連れてってよ」

「ダメ、ちとせのところは実家に帰らなきゃなんでしょ?」

「あんな偉そうなジジババの集まりなんかおもんないわ」

「それでも、親戚が集まることなんて滅多にないんだから、ちゃんと会える時に会っておかないと。それに、実家厳しいんでしょ? もしここを断ったらこの後どうなることか……」

「わかってるって! だから帰るんよ! ああもう、面倒くさい……」


 どうやらちとせの実家は地元ではそれなりに有名な名家らしく、盆正月の時期になると親戚一同が集まったり、その他関係者が集まって挨拶回りをするらしい。

 盆は親戚の集いだけで終わるそうだが、正月は各関係者を招いたパーティをするらしいから、お嬢様も大変だ。


 岡も明日は親戚で集まりがあるらしく、この後高速に乗って帰る。

 倉田と晴海はコミケの2日目には参加せず、東京を観光した後に夜行バスで帰ることになっていた。


「帰ったら東京の土産話たくさん聞かせてや。もちろんお土産も待っとるで」

「わかったわかった。あんまり期待しないで」


 はあ、と溜息をついて、晴海は出汁巻き卵を食べた。

 ここの出汁巻きは白出汁が効いていて、関西風の味付けになっている。

 関東風の味付けなんて知らないから何とも言えないけれど、メニュー表にそう書いていたのでそうなのだろう。


 その後もちとせの絡み酒に付き合う形で、今回の打ち上げはつつがなく終わっていった。

 ちとせと岡が強烈なキャラをしているけれど、それでもなんだかんだこの時間は楽しい。

 こういうのも即売会の楽しみの一つでもある。

 けれどここでの会話は何一つとして頭の中には入ってこなかった。

 それくらい、中身のない会話ばかりだった。


 食べ放題終了の時間になり、お金を払って店を出る。

 まだ時間は早いが、ちとせたちの都合もあるので今日はここで解散だ。


「それじゃあまた大阪で会いましょう」

「ほーい、お疲れさん」


 ちとせたちと別れた倉田と晴海は、このまま今夜泊まる予定のホテルに向かった。

 止まる場所は彼女に一任してある。

 向こうからの申し出だったので、二つ返事で引き受けた。


 まさか……を想像してしまったが、さすがに何もないだろう。

 事前に聞いた情報だとそこまで大きなホテルでもないから、宿泊費も安く抑えられたという。


 歩いて約15分、目的地に到着した。

 エントランスに到着し、晴海は受け付けにいるスタッフとやり取りをしている。

 真っ赤なカーペットは光沢があって、館内の隅々まで輝いているように掃除が行き届いている。

 これが格安ホテルなのか? と疑ってしまうくらいに。


「あれ?」


 再びエントランスの方を見た。

 どうやら何か晴海とスタッフが揉めているようだ。

 どうしたのだろう、と彼女のところに向かうと、晴海は冷や汗をたらりと流しながら、神妙な面持ちで倉田に告げた。


「今日、1部屋しか取れていなかったみたいです……」

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