第61話「プレゼント」
映画の後は昼食だ。
エレベーターで地下に行き、リサーチしていたイタリアンに向かう。
この店は休日の昼間でも空いていて、なおかつ安くて美味しいらしいまさに穴場だそうだ。
「今日は僕がごちそうしますよ」
「いえ、割り勘にしましょう」
「……そう言うと思ってました」
予想通りの反応だった。
別に割り勘だろうが奢りだろうが構わない。
彼女と一緒なら、それでいい。
席に着いた彼女はコートを脱いだ。
オレンジ色のリブ生地のセーターは、彼女の凹凸のあるシルエットをくっきりと映し出す。 少々刺激の強い光景だったが、なんとかいつも通りを装った。
「イタリアン、食べるんですか?」
「いえ、実は僕イタリアンの店に入るの初めてで……でも、今日はクリスマスだから、ちょっとお洒落な料理も食べてみたいなって思って」
こういう日くらい、背伸びしたっていいだろう。
少しはカッコいい姿を見せたい。
とはいえイタリア料理なんてパスタとピザくらいしかおもい浮かばない。
メニュー表に写真があって助かった。
文字だけだったら絶対わからなかったから。
倉田はパスタを、晴海はサラダをオーダーする。
結局食べ慣れたものしか頼めなかった。
お洒落な料理を食べてみたい、と言った数分前の自分が見たら腹を抱えて笑っていることだろう。
10分くらい待っただろうか。
料理が届く。
皿の上がキラキラとしていて、まるで写真加工でもされているみたいだ。
「いただきます」
2人で声を揃えた。
フォークでパスタをくるくると巻き、口に運ぶ。
普段は箸を使って食べるから、本場ならではの食べ方はやはり少々食べづらい。
しかし、これもこれで悪くない。
コンビニで販売されているものは味が濃く、酸味が強いものバカ理だが、この店はそこまで味が濃くなく、しかししっかりと味はついているため、美味しい。
シンプルな味つけだが、それがまた麺の風味を引き立てている。
「めっちゃ美味いです、これ」
「そうなんですか? 次来た時、食べてみようかな」
「ぜひそうした方がいいです。僕が保証します」
自分の店でもないのに、得意気になってしまった。
すぐに正気に戻り、黙々と食事を進めた。
晴海のサラダも美味しそうだ。
また、この店に来ることがあれば、このサラダと共に他の料理も食べてみたい。
パスタに目が行ってしまったが、肉料理もあった。
イタリア料理もいろいろあるようだ。
ごちそうさまでした、と完食し、お会計を済ませる。
割り勘だったが、倉田のパスタの方が値段が高かったので、若干負い目を感じる。
いずれ彼女にご馳走したい。
でも、彼女はそれを許してはくれないだろう。
それは、自分がまだ大学生だからだろうか、それともプライドがそれを許さないのか。
いずれにせよ、もっと男らしくなりたい。
店を出た倉田たちは、また手を繋ぎ、地下街を散策する。
イタリアンの他にもいろんな店があって、どこの料理も美味しそうだ。
食品サンプルを眺めるだけでまたお腹が空いてくる。
「今度はどこに食べに行きますか?」
晴海が尋ねる。
顔に出ていただろうか。
なんだか見透かされた気がして恥ずかしくなった。
「いっそ全部制覇しちゃいますか?」
「胃袋いくつあっても足りないですね」
冗談で返せるくらいには余裕が出ていた。
彼女も「ふふふ」といい反応をしていたので、今の関係は良好であると信じたい。
地下街を出て、百貨店に入る。
こういう店に来るのは初めてで、下調べは一応したけれどそれでも緊張する。
ショッピング、と言っても特に何もする予定はない。
ただ夕食までの暇潰し、と言ってしまえば元も子もないが、しかしその他にする予定もない。
カラオケでも行けるものなら行こうか。
「そうだソースケさん、何か欲しいものでもありますか?」
「欲しいもの? いえ、特に何も……」
「そうですか。せっかくクリスマスプレゼントを渡そうと思ったのに、残念です」
「いります! なんでもいいのでめっちゃ欲しいです!」
声を荒げてしまい、しゅんと肩をすぼめる。
すみません、と謝る倉田に、晴海は大丈夫ですよと優しく声をかけた。
「じゃあ選んであげますね」
「あ、今選ぶやつなんですね」
「む、もしかしてソースケさん、私のプレゼントいらないんですか?」
「欲しいです! めっちゃ欲しい!」
「よろしい」
むふー、と彼女は満面の笑みを見せた。
こういう子供っぽいところも彼女らしくていい。
それから各フロアを渡り歩き、一緒にプレゼントを選んだ。
本当はこの買い物で晴海へのプレゼントを考えようと思っていたけれど、まさか逆になってしまうなんて。
だけどこれも悪くない。
それに、一緒に探せばこの時間だってもっと楽しくなる。
あらかじめプレゼントを用意すればよかったな、という後悔は否めないけれど。
しかし、倉田に相応しいような品物はどこを探しても見つからなかった。
それもそのはずで、この百貨店の利用客の半数以上が女性だ。
つまり、女性をターゲットとした店舗が数多く並んでいる。
したがって、男性向けの店は存在しないのだ。
だから晴海へのプレゼント選びにはピッタリでは、と選んだのだけれど。
「なかなかありませんね」
「まあ、ラインナップがこれですから……」
「じゃあ、ちょっと場所を変えましょうか?」
「場所?」
晴海に誘導されるがまま、倉田は建物の外に出る。
彼女は鞄から何かを取り出した。
ラッピングされた小包だ。
「これ、どうしたんですか?」
「クリスマスプレゼントです。本当はあの場で渡したかったんですけど、ただあげるだけじゃつまらないかなと思いまして」
「いや、それならそうと早く言ってくださいよ。僕、まだハルさんへのプレゼント決めてない」
「別にいいんですよ。その気持ちだけで十分です」
「でも……」
彼女からはもらってばっかりだ。
だから、自分も何か彼女に与えたい。
せめて今日くらいはそれが許されてもいいだろう。
顔を曇らせる倉田を見て、晴海は仕方なさそうに笑った。
「わかりました。場所を変えましょう。あそこはちょっと高級品が多いです。負担をかけるわけにもいきませんから」
行きましょう、と晴海は倉田の手を繋ぎ、連絡橋を歩く。
これはやらかしてしまっただろうか、と倉田の心に一筋の闇が差し込んだ。
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