第6章「お節介かもしれないけれど」
第60話「クリスマスデート」
12月25日朝10時、JR大阪駅で倉田は晴海を待っていた。
はあ、と白い息を吐き、彼女の到着を今か今かと待つ。
11月の中旬を過ぎると気温は一気に下がっていき、寒さも厳しくなっていった。
「お待たせしました」
晴海が息を切らしながら、こちらへとやってくる。
彼女が身に纏っていた白のコートに見覚えはなかった。
コーデ的に合っているのはやはり白かもしれない。
淡い水色のマフラーも似合っていた。
「ごめんなさい、電車が遅延していたそうで」
「全然大丈夫ですよ。連絡も頂いてましたし」
彼女に待ちぼうけされようと別に気にしない。
しかし晴海はペコリペコリと何度も頭を下げる。
律儀な人だ。
だから好きになった。
今日はデートだ。
今回も倉田から誘った。
クリスマスだから変に意識されていないか、気持ち悪いと思われていないかと心配だったが、全て杞憂に終わり、今回のデートが実現できた。
予定は、まず映画を見て、ランチを取り、ショッピングに行き、ディナーを食べる。
そして、別れ際に告白する。
今日こそは今までの関係を終わらせて、新しい関係を築き上げたかった。
むしろ、何もしてこなかった時間が長すぎる。
このまま何もしなければ、いつまで経っても変わらない。
次の一歩を踏みさせなければ、望む未来も手に入らない。
「行きましょうか」
「はい」
スッと倉田は手を差し伸べ、彼女もその手を取る。
自然とできた行動だが、内心では緊張しっぱなしだ。
慣れないことをするものではないと、現在の行動に対する自分を心の中で非難したが、ちゃんとエスコートできていることに褒めたたえている自分もいた。
エスコート……できているのか?
クリスマスということもあって、今日はいつもより人が多い気がした。
行き交う人たちは皆手を繋ぎ、幸せそうな顔をしている。
1年前は「自分とは関係ない世界だ」と思っていたけれど、今年は違う。
ひょっとしたら来年も、その次の年も、彼女と一緒にいられるかもしれないのだ。
「今日は寒いですね」
「そうですね。もしかしたら夜雨が降るかもしれないって、天気予報でも言ってました」
「どうせ降るんだったら雪の方がいいのに。その方が幻想的じゃないですか」
彼女の言う通りだ。
ホワイトクリスマスになれば、告白のムードも上がり、ひょっとしたら成功率も上がるかもしれない。
……それは違うか。
成功する、しないは天候などに左右されない。
今までの行いと、人間性が試されるのだ。
よし、今日は頑張ってポイントを稼ごう。
倉田は一人息巻いた。
駅から歩くこと数分、映画館へとやってきた。
予約していたチケットを支払い、1枚晴海に手渡す。
今回見る映画は、最近劇場版が公開されて話題となったアニメ映画だ。
映画オリジナルの脚本らしいが、レビューを見るととても面白いらしい。
「私、この作品のファンなんです。原作漫画も買ってるんですよ」
「そうなんですね。今度僕も呼んでみようかな」
「是非是非! なんだったら、私、貸し出しますよ」
「いいんですか? 嬉しいな」
入場までの間、2人は上映中の映画の看板を眺めていた。
VFXの迫力が満点の怪獣映画、旬の俳優が出ている恋愛映画、現在放送されている特撮番組の劇場版など、様々だ。
「こうしてみると、全部面白そうですね」
「ですね。ハルさん、気になる作品ってありますか?」
「うーん、こう出されると全部見たくなるんですよね。悩むなー」
恥ずかしそうに彼女は笑った。
だけど晴海の言い分もわかる。
むしろこの看板は広告なのだから、そうならないと仕事を成していないのだ。
それに、少なからず創作に携わっている以上、どういうお話かも気になる。
話題作であれば、それがなぜ話題になっているのかを研究してみたい、という欲も生まれた。
なんだか純粋な気持ちで物語を見ることが少なくなった気がする。
入場の時間になり、倉田たちは劇場に入った。
話題作ということもあって、多くの人が足を踏み入れていた。
カップルはもちろん、家族連れ、中高生、シニア層の人たちまで、老若男女問わず様々な人たちがこの映画を見に来ている。
自分もいつか、こんな風に誰からにも愛されるような作品を作りたい。
そう思いながら、倉田は幕間の予告を眺めていた。
劇場内が暗くなり、いよいよ本編が始まる。
映画を見るときのこの高揚感は、いつになっても抑えられないものだ。
大画面で見る大迫力のアクションシーンに、重厚感のあるサウンド。
やはり映画館で見る映画は格別だ。
チラリ、と倉田は晴海の方に目をやる。
彼女はことあるごとに表情を変えながら映画を見ていた。
キラキラと目を輝かせたり、口元を抑えて驚いたり、ぎゅっと両手を握って劇中のキャラを応援したり。
まるで百面相だ。
映画を見るよりも、晴海の一喜一憂を見る方が何倍も面白い。
あっという間の2時間だった。
本編も面白かったのはもちろんなのだが、それ以上にやはり晴海の百面相がとても印象に残っている。
「すごい映画でしたね。ギャグもアクションも全て生きていて、とても素晴らしい映画でした」
「そうですね」
正直、本編が面白かったのは覚えているけれど、ちゃんと見れたわけではないから、素直に首肯出来ない。
その後も彼女はどのシーンが良かった、このキャラ描写がとてもすごかった、などを熱弁していった。
真面目に見ていなかった自分が恥ずかしくなる。
これは、後日もう一度映画を見ることになりそうだ。
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