第62話「ありのまま」

 少し歩いて、駅と併設されているファッションビルの中を散策する。

 百貨店とは違い、若者向けの服が多い。

 最初からこちらを選べばよかった、と後悔した。


「どうされました? 顔、暗いですよ」

「いえ、なんでもないです……」


 空回りしてしまった。

 恥ずかしくて死にそうだ。

 慣れないことをするものではない、と自分に言い聞かせる。


 晴海はキラキラと目を輝かせて、店内を物色した。


「なんか、いろいろすみません。気、遣わせてしまって」

「全然気にしてませんよ。というか、気を遣ってる、なんて、こっちは微塵も思ってません」


 相変わらず彼女の笑顔は眩しかった。

 晴海が口端を上げる度に、倉田の口元は下がっていく。


「なんか、カッコ悪いな。今日くらい、ハルさんにカッコいいところ見せようと思ってたのに」

「そんなに気張らなくてもいいですよ。ソースケさんはありのままでいてください。その方が、私も自然体で楽しめますから」

「ありのまま……」


 彼女に諭され、肩の力が抜ける。

 今日は、告白の方意識が行き過ぎて力が入りすぎた。

 その分空回りすることが多く、彼女に情けない姿を見せてしまった。


 自然体、ありのまま。

 それを受け入れてくれなければ、きっと晴海からOKなんて貰えないだろう。

 危うく目的を見失うところだった。


「ありがとうございます。ちょっと、いろいろ気負い過ぎてたみたいです」

「あまり無理なさらずに。ソースケさんは、ソースケさんらしく、でいいんです。さ、プレゼント選び続けましょう?」

「え、でもさっき貰って……」

「それはそれ、これはこれです。別に、クリスマスプレゼントは1つまでしか貰ってはいけない、なんてルールないでしょう?」


 確かにそれもそうだ。

 倉田に微笑みかける彼女は、なんだかいたずらっ子のように無邪気だった。

 晴海もひょっとしたらクリスマスの熱に浮かれているのかもしれない。


 メンズもののアイテムが多く置いてあるフロアにやってきた。

 しかし、特段欲しいものなどない。

 そういえば、まだ彼女からのプレゼントが何か、開封していなかった。

 晴海からの好意をそのままほったらかしにするのも忍びない。


「すみません、今ここでプレゼント開けても大丈夫ですか?」

「構いませんよ。というか、遅すぎます」

「申し訳ない……」


 晴海は少しふくれっ面になっていた。

 少しの罪悪感と共に、倉田はラッピングを外す。


 入っていたのは手袋だった。

 厚手なので、とても温かそうだ。

 そういえばこういう防寒類のグッズはあまり持っていなかったのでとても助かる。


「ひょっとして邪魔でしたか?」

「そんなことないです! とても嬉しい……大切にします」

「はい、大切にしてください」


 ふふふ、と晴海は笑った。

 これは、やはりちゃんとしたお返しを考えなければならない。

 手袋……は被ってしまうし、マフラー……は既に着ている。

 なら冬のニット帽……いや、せっかくならシーズンだけでなく、ずっと着けて貰えるものをあげたい。


 あ、と倉田はとあるテナントに目を向けた。

 アクセサリーショップだ。


「どうかされましたか?」

「いや、ハルさん、その……ネックレスとか興味ないかなって」

「ネックレス」


 彼女もその店を見た。

 しかし遠目から見ても明らかに高級店の雰囲気が出ている。

 実際近くで商品と値札を見てみると、とても大学生が出せるような値段ではなかった。

 倉田は落胆し、売り場から目を逸らす。


「倉田さん、ちょっといいですか?」


 晴海は彼の手を引き、先ほど見ていた売り場と少し離れた売り場に向かった。


「ここだと、安いですよ。ほら」


 彼女が指した売り場に並んでいるアクセサリーは、先ほど見たものより桁が一つ少なかった。

 それに、品質のクオリティもパッと見た感じだと高級なものと遜色ない。

 これなら、晴海に言いプレゼントが出来そうだ。


 物色すること十数分、倉田は小さな花のようなモチーフがあるネックレスを購入した。

 値段もリーズナブルで、手が出やすい。


「これ、プレゼントします」


 購入するとすぐに倉田は晴海の首にかけた。

 店の真ん中で着けるのはどうかと思ったけれど、彼女が「着けてください」と言うのでその通りに従う。

 やはり似合っている。


「似合ってますか?」

「はい、すごく」


 即答だった。

 これを似合わないと言う人が果たしてどこにいるだろうか。

 もしいたら、今すぐ飛んで行ってぶん殴ってやりたい。


 この後は倉田へのクリスマスプレゼントを決める時間になった。

 本当はもう既にもらっている。

 厚手の手袋だけで十分なのに、またこれに加えてもらえるのか。

 今まで生きてきた一生分の運勢を今日使い果たしてしまったかもしれない。


「改めて問います。何が欲しいですか?」

「そうですね……マフラー、欲しいかも」

「わかりました」


 彼女はそう言うと、フロアの中を探し回り、マフラーが置いてないかを探した。

 歩くこと約数十秒、すぐに見つかった。

 様々な色や柄のマフラーが置かれている。

 だけど柄物よりも無地の方が好みだ。

 現に、晴海が使っているマフラーもそうだから。


「僕には何色が似合いますかね」

「そうですね……赤とかどうでしょう?」

「赤、ですか……あまり自分のファッションに取り入れない色なので、ちょっと怖いです」

「そんなことないですよ。例えばほら、この赤だとちょっと暗めだから、派手さなんてないですよ」


 赤、というよりも臙脂色に近い。

 晴海の淡い水色と対照的だから、これを選ぶのも悪くないだろう。


「なら、これにします。ハルさんの言うことなら間違いないです」

「まあ、言うじゃないですか」


 ふふふ、と笑いながら彼女はお会計を済ませ、彼の首元にマフラーを巻く。


「似合ってますか?」

「ええ、とても」


 晴海が買ったマフラーはとても温かかった。

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