第21話「大事な友達」
食事会はつつがなく進み、ちとせがじゃんじゃん注文していくことで鉄網の上は常に何かが焼かれている状況だった。
本当に大丈夫なのか、と思っていたけれど、実はちとせがこっそり食べ放題プランでやっていたらしく、いくら食べても所定の金額より高くはならないそうだ。
自分の財布に影響が出るわけではないが、ホッと胸を撫でおろす。
意外だったのは、晴海の反応だった。
てっきりお灸を据えてやる、という目的で食べ放題以外という選択をしたのだろうけれど、「別に予想の範疇」ということで特に何もなく、不問に終わった。
で、今は……。
「それでさあ、本当に2人は付き合ってへんのぉ?」
「付き合ってないって、何度言ったらわかるの?」
「でも、なんか2人見とったらすごい熟年夫婦って感じがして、これで付き合うてへんの無理あるんと違う?」
「無理も何もないでしょう? いっつもそうやってすぐ恋愛の話ばっかりするんだから」
ちとせの酒癖がそこそこ悪かった。
顔は赤くなり、目は虚ろだ。
ジョッキ1杯のビールを飲み干せば、そうなってしまうのも無理はない。
完全に出来上がっている。
「ええよなあ晴海は。こーんな可愛いくて健気で真面目そうな子と出会えて……ウチにもはよ春が来てほしいわあ」
うわーん、とわざとらしくちとせは叫んだ。
酔うと面倒くさいタイプになるらしい。
助けてくれ、という意味を込めて倉田は晴海にアイコンタクトを送った。
「ちとせ、あんまりお酒強くないのにお酒好きなんですよ……だから飲みに行くといつもこうなっちゃう。すみません、迷惑かけて」
「いや、迷惑だなんてそんな……ハルさんはお酒、強い方ですか?」
「どうでしょう……普段はそこまで飲まないから。缶ビール1本までって決めてるので」
その言葉をぜひ目の前のちとせと田舎の父親に聞かせてやりたい。
酒は飲んでも飲まれるな、という言葉は間違いではないなと倉田は酒をたしなんでいないにもかかわらず実感した。
自分にアルコール耐性があるかはわからないけれど、ほどほどにしよう、と心の中で誓う。
そもそも味も炭酸の刺激もWでダメだから少なくともビールは無理だけれど。
「ソースケくんはどう? 晴海、可愛いやろ?」
「はい?」
「ちょっとちとせ! ソースケさん困ってるでしょう?」
「だって晴海が可愛いのが悪いんやもーん」
「もう、バカ……」
晴海は頭を抱え、顔を赤くする。
恥ずかしい気持ちを誤魔化すために、ひょいひょいと鉄網の上に乗ったカルビやら鶏肉やらを取っていった。
「で、どないなん?」
「そうですね……可愛い、とは思います?」
「せやろ? おっぱいも大きいし」
「ちとせ!」
今度は晴海が叫んだ。
むすーっと頬を膨らませ、ポカポカと隣のちとせを殴り続ける。
ちとせも負けじと晴海の胸を掴み、わしわしといやらしい手つきで揉みしだく。
慣れた感じがしているからおそらく常習犯だろう。
抵抗する晴海は、やめんか! とちとせに水平チョップを食らわせた。
かなり効いたらしく、ちとせは頭を押さえ、額を机に突っ伏してしばらく動かなかった。
ふう、と一呼吸置いた晴海は、ソースケの方を見て、また顔を真っ赤に染め上げる。
今度は何も言ってこなかった。
倉田もどう言葉をかけてあげたらいいのかわからなかった。
ただ、ちとせに酒を飲ませるのは危険だという認識は持てた。
彼女は危ない。
アルコールが入ると理性を失くし、本能のままに喋り、行動する。
恐ろしい人だ。
「まあちょっとはしゃぎすぎたわ。みんなもっと食べよ食べよ。まだ時間はあるんやし」
まだ時間あるのか、と倉田はスマホの時計を見て絶望する。
これ以上暴走なんてしてほしくないが、それは叶いそうにないだろう。
対して当の本人は、あはははは、と笑いながらタブレットで肉を注文している。
まだ食べる気か、と少しだけ引いた。
もうちとせと晴海のやり取りでお腹いっぱいだ。
その後の時間は、とにかくちとせが強烈だった。
質問に次ぐ質問。
その内容のほとんどがあの日の夜行バスでの出来事についてだった。
ハルからいろいろ聞いていないのか、なんて思いながら、倉田は返答に困る。
こういうのを軽々しく口にするのもどうかと思ったし、そもそも語れるほどの思い出もない。
ただただ心労が蓄積されている。
結局、親睦会はちとせが場を制圧して幕を閉じた。
一体会社の飲み会だとどんな感じなのだろう。
上司にもあんな感じて無礼を働いているのだとしたら、この人は本物だ。
会計時に彼女はクレジットカードで一括全員分の支払いをする。
有言実行、ちゃんと奢っていた。
どうしてそんな清々しい表情ができるのか、不思議で仕方がなかった。
「今日はごめんなさい。せっかくの親睦会だったのに、ちとせが暴走してしまって」
「ウチはいつも通りやで?」
「それをいつも通りとは言わない。帰ったらちゃんと水飲んでゆっくり休むこと。絶対二日酔いするんだから」
「平気平気、大丈夫!」
ぶい、とちとせは晴海にピースサインを送るが、どこか心配だ。
もう、と晴海はため息を吐き、行きましょう、と駅へと向かった。
駅に向かうまで、晴海はずっとちとせに対してぶつくさと愚痴を言っていた。
ちとせも少し酔いが冷めたのか、徐々に声のトーンが下がっていき、「すみません」反省してます」という言葉を繰り返していく。
まるで女房の尻に敷かれた旦那だ。
少し滑稽で、吹き出すのをぐっと堪えた。
歩いて数分、駅に着き、倉田は晴海たちとここで別れる。
「今日はありがとうございました。また、機会があれば一緒に即売会行きましょう」
「そうですね。ちとせが飲みの席で変なことしなければいいですが」
ギロリ、と晴海がちとせを睨んだ。
ビクリとちとせの肩が上がる。
悪かったよう、と小声で彼女が呟くのを倉田は聞き逃さなかった。
「あ、せや。ソースケくん、ちょっとちょっと」
ちとせは倉田の方に近づき、男子同士がやるそれのように、腕を回して倉田の肩にかける。
女性との距離感があまりにも近すぎて、心臓がバクバクしてしまう。
「これからも晴海と友達やってな?」
「あ、はい。それはもちろん……」
「もし晴海を泣かすような真似したら、承知せんからな」
どすの効いた声だった。
さっきまで焼き肉で騒いでいた人間とは思えない。
恐る恐るちとせの顔を覗いてみたが、表情は笑顔なのに目は一切笑っていない。
声を失った。
しかし、ちとせは続ける。
「晴海は、ウチの大事な友達なんよ。だから、晴海を絶対泣かせたらアカンで? そんなんウチが許さへん」
「……さっきの飲み会、結構ハルさん涙目でしたよ?」
「あー、こりゃ人のこと言ってられんな」
あはははは、とまた高らかにちとせは笑い、腕組を解いた。
「じゃあ、今日はありがとなー。おやすみー!」
そう言うとちとせは晴海の手を引き連れて、改札の方に向かった。
最後まで、彼女はマイペースだった。
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