第3章「付き合いたい理由」

第22話「急な来訪」

 即売会から1週間。

 この日はアルバイトの日なので、バイト先の制服に着替え、売り場に立つ。

 まだ興奮冷めやまない。

 そういえば先週は即売会に参加していたんだ。

 1週間前のこととは思えないくらい、鮮明に覚えている。


 また、ハルに会えるだろうか。


 そんなことを考えながら商品を陳列していた矢先のことだった。


「お、久しぶり。元気しとった?」


 聞きなじみのある声がした。

 他人のことなど考えていないような、はつらつとした声。


「……安藤さんですか」

「せいかーい。もう、フレンドリーにちとせでええよ」

「それで、何しに来たんですか」


 親睦会の一件があるので、彼女には少し苦手意識がある。

 こうも我が強いと、圧がかかったようで息が苦しい。


 ちとせはケラケラと笑いながら答えた。


「何もあらへんよ。買い物しに来ただけ。それにしても、ソースケくんってここで働いとんのやな」

「バイト、ですけどね」

「ふうん……なあ、バイトって何時に終わる?」

「え?」


 突然尋ねられ、反応に困った。

 教えられないこともないが……教えて彼女に何のメリットになるのだろう。


「17時ですけど」

「ホンマ? ほなちょっとお茶せん? 遅い時間にはなると思うけど」

「お茶……まあ、いいですけど」

「ほな、終わるまでブラブラしとるから。終わった声かけて」


 じゃ、とちとせは去っていった。

 声をかけろも何も、彼女がこの後どこに行く予定で、本当に戻ってくるのかわからない。

 連絡手段を持ち合わせていないから、はぐれたら最後だ。

 とことん勝手だな、と溜息をつく。


「今の人、誰ですか?」


 背後から声をかけられ、わあ! と倉田は奇声を発した。

 さっきまで気配なんて何もなかった。

 バクバクと心臓の鼓動が止まらない。


 ぜえぜえ息絶え絶えの倉田の目の先には、いつものように無表情の平野の姿があった。


「お前……脅かすなよ」

「別にそんなつもりなんてないんですけど。それよりもさっきの人すごく美人でしたよね。もしかして、前に言ってた彼女だったりします?」

「違う。あの人は……知り合いの知り合い」

「なるほど」


 今の説明で何を理解できたのだろう。


「で、デートのお誘いもいいですけど、ちゃんと仕事には集中してくださいよ?」

「そこも聞かれてたのか……」

「はい。聞こえてしまったので、つい」


 つい、で他人のプライベートを覗き見しないでほしい。

 しかしこんなオープンな場で堂々と声をかける方にも問題があるのでは?

 さすがにそれは責任転嫁しすぎな気もする。


 ともかく、サボりはいけない。

 やるか、と倉田は引き続き仕事に戻った。


 彼女とお茶ができるから、といって特段心は弾まなかった。

 むしろ面倒な人に絡まれて少し気が滅入っている。

 わずかだが、憂鬱だと感じた。


「行きたくねえなあ……」


 そんなことを言ってしまったところで、連絡手段もない以上、行くという選択肢以外ありえない。

 退勤を切った倉田は、店の外に出る。

 既にちとせが倉田の方を見てニコニコと手招きをしていた。


「お疲れー。ほな行こか。少し歩くけど勘弁してな」

「それは、まあ、構いませんけど……」


 意気揚々とちとせは天王寺の街を歩く。

 一体何がそんなに嬉しいんだろう、と不思議に思いながら倉田は彼女を後ろから眺めた。

 無駄に元気、という言葉がよく似合う。


 連れてこられたのは、あべのキューズモールにあるフードコートだ。

 ここは映画を見に来た際、その帰りに夕食を食べるのによく使う。

 入ってすぐにある店に並び、それぞれパフェを注文した。

 以前映画を見に来た際、同じ店のハンバーグ定食を頼んだのだが、いつかパフェも食べてみたい、と薄々感じていた。

 まさかそこまで間を置かないタイミングで食べられるとは思いもしなかったけれど。


 倉田はストロベリーパフェ、ちとせはフルーツパフェを注文した。

 相変わらず彼女の選ぶスイーツは派手だ。


「甘いもの、好きなんですか?」

「まあな。すっごい幸せを感じる」

「それはまあ、わかります」


 倉田も甘いものは好きだ。

 夕飯の買い出しをした時、ついついスイーツのコーナーに手が伸びてしまう。


 初めてパフェを食べたわけだが、美味しい。

 クリームの甘さとアイスの冷たさが程よく合わさって、なおかつストロベリーソースの味も引き立っていていた。

 少し値は張るが、たまのご褒美としては申し分ないだろう。


「で、なんでわざわざキューズモールまで来たんですか? それもフードコートなんて」

「そういう気分やったから?」

「そんな適当な……」


 もっと何か別の理由でもあるのだろう、と少し勘ぐってみたけれど、本当にそれ以上の意味などない様子だった。

 なるほど、彼女が苦労するわけだ。


 呆れたような溜息を小さくこぼす。


「こんなオープンの場所で話すようなことなんですか?」

「そうやなあ。別に誰に聞かれてもええ話やし。機密事項を伝えるわけでもないしな。それにウチ、このあとここで晩飯食べる予定やから」

「ああ、そう……」


 そんなことはどうでもいい。

 早く本題に入ってくれ。

 そう言いたげに倉田はジトーっとちとせを見つめた。

 当の本人は呑気にパフェを堪能している。


「はよ話してくれー、って顔しとるな」

「なんでわかったんですか」

「わかるよ。君、顔に出やすいから」

「マジか……」

「大マジ。気ぃ付けたほうがええよ。晴海に自分の気持ち筒抜けとか、恥ずかしいやろ?」

「それは……そうですね、はい」


 自分の内側が全て晒されたのを想像した。

 吐きそうになってくる。

 今はまだこの気持ちは自分の中でとどめておきたい。


「やっぱり」


 ニヤリと笑った彼女は、スプーンをトレイの上に置いた。


「君、ハルのこと好きやろ。それもどうしようもないくらいに」

「…………え?」

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