第23話「付き合いたい理由」

 時間が止まったような気がした。

 情報量が多くて処理が追い付かないような、そんな感覚だ。


 バレていた?

 いつから?

 そもそもどうしてわかった?

 それは自分の表情で察せたか。


 いろんな考えがぐるぐる頭を駆け巡る。

 隠しているつもりはなかったが、他人から指摘されると、むず痒さとこっ恥ずかしさの波が押し寄せてきて仕方がない。


 冷や汗がだらだらと流れてくる。

 目の前のちとせは表情一つ変えることなく、パフェを突っついている。

 その冷静さが逆に倉田の精神を焦らせた。


「……いつから気づいてたんですか?」

「そんなもん見取ったらわかるわ。顔に出てるもん」

「ああ、そうですか……」


 だとしたらハルにもこの感情は伝わってしまっているのだろうか。

 もしそうなのだとしたら、すごく恥ずかしい。

 しゅんと肩をすぼめる倉田をにんまりと眺めながら、ちとせは回答を続ける。


「気にせんでええで。どうせ晴海、何も気づいてへん。あの子、自分への好意へのアンテナが恐ろしいくらい低いから」

「そう、なんですね」

「そうそう。ウチとしてはこのままくっついてほしいわーって思っとんねんけど」


 軽口を叩いているのだろうけれど、言葉に妙な重たさと緊張感があった。

 手に持っていたスプーンが鉛のように感じる。


 ちとせの黒い瞳が倉田を捉えた。

 表情はにこやかとしているけれど、目は笑っていない。

 恐怖すら感じる表情だ。


「それで、晴海のこと、どこまで本気なん?」

「どこまで……ですか」

「そ。可愛いから単純に付き合いたいって思ってるだけなのか、それとも結婚まで見据えとんのか。どっち?」


 言葉が出ない。

 直感だと前者だった。

 夜行バスで一目惚れして、彼女の抱擁感が好きになって、いずれ付き合えたら、と思うようになってしまった。

 もちろん付き合えるとは思っていないし、今はそれを夢見ているだけでいい。


 ……本当にそれでいいのか?


「改めて問いただされると……よくわかりません。元々僕の一目惚れですし、向こうにその気がないのはわかってます。結婚とか将来とか、そんな話をされても、全然ピンとこないのも事実です」


 でも、と少し強い口調で言い放つ。

 そうしないと、倉田を睨むちとせの眼光には勝てないと思ったから。

 彼女の目はギラギラと光っているわけではないのに、妙に威圧感がある。

 じっと獲物をしとめる獣のようで、それがある種の恐怖にも思えたけれど、こんなところで怯んでしまっていてはこの先どんな試練が待っていようとも勝てる見込みはない。


「もし付き合うことができたら、全力てあの人を幸せにしたい。命を懸けてでも、あの人を守りたい。そう思ってます。ただのエゴなんですけどね」


 あはは、と倉田ははにかみながら、目の前のパフェを頬張る。

 容器の中のアイスは溶けかけていて、それゆえにスプーンで掬うのはとても容易だった。


 ふうん、とちとせは彼の話を聞きながら、パフェを完食する。


「前にさ、帰り際にうたと思うんやけど」

「前……ああ」


 忘れるわけもない。

 どすの効いたあの言葉。


 ──もし晴海を泣かすような真似したら、承知せんからな。


 たまにふとしたタイミングでフラッシュバックすることがある。

 そのくらい強烈なインパクトを彼女は与えてくれた。


「覚えてます。鮮明に」

「ならよかった。まあ、こんなん晴海に知られたら『余計なこと言わないでー!』って怒られそうやけどな。しゃあないやん。ウチ、昔っから世話焼きやねん。自分でも呆れてまうくらい」

「そう、なんですね」


 そ、とちとせは手持無沙汰になったスプーンをくるくると遊ばせながら話を続けた。


「晴海とは専門学校で知りうたんやけど、周りと比べておっとりしとって、ちょっとどんくさいところあって、なんていうか……面倒見な! っていうセンサーがビビビッて反応したんやろうね。それで、交流を持ったってわけ」

「どんくさい、ですか……」


 想像できなかった。

 確かにちとせの言う通り、晴海のイメージはおっとりしていて、ふんわりと柔らかな雰囲気がある。

 けれどその中には強い芯のようなものがあるような気がしていた。

 オリジナルに挑戦したい、と言ったあの時だって、口調は優しかったけれど、その奥にメラメラと湧き上がる炎を感じ取っていた。


 そんな彼女が、どんくさいという評価をされていたのは驚きだった。

 自分が知っているハルは、完全にデキる女というイメージだったから。


 しかしそんな倉田の幻想を壊すように、ちとせは専門学校時代のハルのどんくさエピソードを話す。

 たとえば、よく行先の方向を間違えたり、何度も転んでその度に鞄の中をぶちまけたり、初めてお酒を飲んだ日は電柱とちとせを間違えたり…………どんくさいエピソード、というよりは彼女の天然な行動集の方が近いような気もする。

 やっぱり彼女は可愛い人だ。

 それと同時に、守ってあげたいという庇護欲も生まれた。


「まあともかくやな、勝手に保護者面しとるウチとしては、ソースケくんがハルと相応しいかどうかちょっと心配やったわけよ。でもそんなんウチの杞憂やったな。ソースケくんになら安心して任せられる」

「え……そんなあっさり信用されてもいいんですか?」

「話したやん、晴海への想い」

「あれは……あんなんでいいんですか?」

「もう十分や、お腹いっぱい。それともまだなんか言い足りひんの?」

「そうじゃないんですけど、すごく僕に対して警戒していたのに、あっさりしてるなって思って……」


 こうもあっさり信用を得てしまうと、それはそれで不安でしかない。

 ああ、と戸惑う倉田に、ちとせはにっこりと微笑みかけた。

 今度は目もちゃんと笑っている。


「あとはそうやな、女の勘」

「本当にそれ当たるんですか?」

「なめんなよ、これが一番信頼できんねん」

「そういうもんですかね」


 倉田もパフェを食べ終わり、食器をトレイごと流し場所に戻す。


「ほな、頑張ってな。応援しとるから。せや、連絡先交換しとこ? ついでに晴海のも教えたる」

「え、いいんですか? 勝手に」

「構へん構へん。ソースケくんからの連絡やもん。怒ったりせんって。それにDMだけじゃ寂しいやろ?」


 それは彼女の言う通りだった。

 あまりDMを使わないからかもしれないけれど、これだけのやり取りだとちょっと味気ないような気もする。

 かといってメッセージアプリでの連絡も、距離を詰めすぎると嫌われてしまう要因にもなるから考え物だ。


 何にせよ、これは大きな一歩かもしれない。


「またどっかで会おな?」

「あ、はい。また……」


 手を振る彼女に見送られながら、倉田はフードコートを去る。

 やっぱり彼女の強引さには少々慣れそうにない。

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