第24話「連休の誘い」
もうすぐGWが近づいてくる。
春の陽気もあっという間に過ぎ去って、夏なのではないかと疑ってしまうくらい暑い日が続くようになった。
この日も倉田は学食で唐揚げ定食を食べながら、岡と雑談を交わす。
「GW、その例の人を遊びにでも誘ったらどない?」
「でも、迷惑じゃないかな……」
「そんなことでウジウジしよったら、いつまで経っても付き合えへんぞ」
「べ、別に付き合いたいとかそういうんじゃない、から…………」
嘘をついた。
本当は、付き合いたい。
けれど、その一歩を踏み出すのがたまらなく恐ろしい。
今の関係が壊れるのなら、このままでも構わないけれど、欲を言うのなら……。
これはチャンスなのかもしれない。
折角の連休なのだから、楽しまないと損だ。
もっと彼女のことを知りたい。
そのためにも、一歩を踏み出さなければいけない。
「俺……頑張ってハルさんを誘おうと思う」
「ほーん。で、どこ行くん?」
「どうしよう……何も考えてない」
連休まであと10日ばかり残っている。
逆を言えば、あと10日しかない。
早く伝えなければ、予定が埋まってしまって誘えないかもしれない。
誘うなら今日だ。
とりあえずダメ元でいいからやってみよう。
「ま、それは2人で考えたらええやろ」
「そうだな。そうする。頑張ってみるよ」
「じゃあ、俺この後授業あるから」
「わかった。お疲れ」
倉田は岡と別れ、スマホの画面を眺める。
ちとせからもらった晴海の連絡先。
ハルではなく、西条晴海として。
あの日以来、何も連絡していなかった。
以前交換したSNSでのやりとりも滞っている。
このままだと本当に関係が自然消滅しかねない。
『お久しぶりです
ソースケです
もしよかったら、GWにどこか遊びに行きませんか?』
文字は打ち込めた。
しかし送信を押すことができない。
下心丸見えだと思われてないだろうか。
そもそも単刀直入すぎる気がする。
もっと気を利かせた言葉はないものか。
考えろ、物書きだろ。
書き直すか。
そう思ったのもつかの間、倉田の指が送信ボタンに触れた。
ポン、という通知音が鳴る。
メッセージを送ってしまった。
ぞわっと背筋がうすら寒くなる。
やってしまった。
消さなければ、と送信取り消しをしようとしたところでもう遅い。
既に既読がついてしまっていた。
「あー……見られた」
終わったかもしれない。
倉田は頭を机に突っ伏し、迷惑にならない程度に「うあああああ」と声にもならない声をあげる。
ピコン、と通知が鳴った。
『いいですよ
どこに行きたいですか?』
マジか、と声が漏れた。
断られるかもしれないと不安だったのに、こんなあっさり答えが返ってくるなんて思ってもみなかった。
また晴海から連絡が来る。
『それよりもどうしてこのアカウントがわかったんですか?』
ああ、とひんやりとした感覚が再び背中に襲われる。
そういえばまだちとせからこのアカウントを知ったと伝えていない。
不審者だと思われていただろうか。
弁明のため、倉田はメッセージを送る。
『以前ちとせさんに天王寺で偶然お会いして、その時にアカウントを教えてもらったんです
勝手な真似をして申し訳ありません』
『いえいえ、どうせそんなことだろうと思ってました
それに、アカウントの名前を見たら、ソースケさんだってちゃんとわかりましたから』
どうやら嫌われてはいないようだ。
ホッと倉田は安堵し、引き続き彼女にメッセージを送る。
『これから、こっちの方で連絡しても大丈夫ですか?
迷惑にならない範囲で』
『もちろん大丈夫ですよ』
こんな言葉一つで舞い上がってしまう。
単純だというのは重々承知だ。
だけどこみ上げるこの感情はどうにも抑えようがない。
タイピングなんて毎日やっているのに、晴海に文字を打つことひとつにすら緊張感を覚えてしまう。
もうすぐ午後の授業が始まる時間だ。
倉田は空になった食器をトレイごと返却口に戻し、食堂を出た。
高揚感は未だ冷めない。
授業中もずっと晴海のことを考えていた。
窓の外を眺め、彼女の姿を想起する。
GW、ハルさんとどこに行こう。
連休ではあるけれど、宿泊を伴う外出はさすがに憚られる。
関係性としてはまだそこまで踏み込んだものではない。
あくまで友人、それを忘れてはいけない。
それに、晴海のことだから、どうせちとせを誘うに違いない。
やはり大阪周辺だろうか。
しかし、倉田は大阪市内はあまり訪れないからいいかもしれないけれど、晴海は市内に住んでいるからお出かけという感じは全くないだろう。
だとしたら、大阪市を出て、神戸、京都……南下して和歌山、奈良でもいいかもしれない。
少し遠出するなら、滋賀や三重、それに岡山、鳥取、四国四県もアリかもしれない。
どんどん行先の候補が増えていく。
これはある程度絞らないと混乱してしまいそうだ。
『GWはどこに行きたいですか?』
授業中にもかかわらず、倉田は晴海の連絡先にメッセージを送る。
大学生ともなると、いちいち授業中にこういうことを指摘される回数は多くない。
今回のように人数の多い講義形式の授業であるならなおさら。
返事はすぐに届いた。
『どこでもいいです
リクエストするなら、日帰りできる場所がいいですね
それと近すぎず遠すぎず
神戸か京都あたりでしょうか』
いいリクエストだ。
曖昧過ぎず、縛りすぎず、ちょうどいい塩梅になっている。
これである程度絞れた。
神戸か京都……どちらがいいだろう。
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