第25話「三宮」

 連休初日、倉田は電車に乗り、神戸の街に向かっていた。

 あの後晴海と相談した結果、神戸でショッピングすることで落ち着いた。

 京都はちとせの故郷みたいで、何度か訪れたことがあるから、あまり足を踏み入れたことがない神戸にしようということになった。


 大阪阿部野橋で近鉄からJRに乗り換え、三ノ宮駅に向かう。

 この周辺に訪れるのは……実を言うと初めてだ。

 兵庫にいた頃はそこまで外に出向いて遊びに行くタイプではなかったから、むしろ新鮮さすら覚える。


『今着きました

 改札で待ってます』


 晴海からのメッセージだ。

 同じタイミングで改札を抜けたので、まだ近くにいるかもしれない。


 しかし、今日は連休初日ということもあり、駅構内は多くの人でごった返していた。

 これではどこに晴海がいるのか全然わからない。

 キョロキョロと見渡してみたが、それらしい人は見つからなかった。


『僕も今改札を出ました

 中央口ですか?』

『はい

 中央口にいます』


 ならばすぐそこにいるはずなのに。

 適当に周囲を散策してみた。


「ソースケさん」


 透き通るような声が耳に届く。

 彼女は案外すぐ近くにいた。

 晴海は切符売り場の前で佇んでいて、一人だけオーラが違う。

 どうしてこんなに輝いているのにすぐに気づけなかったんだろう。


 白っぽいシャツに、紺色のロングスカート。

 この色の組み合わせがなんだか一番しっくりきた。


 晴海も倉田を見つけると、にっこりと笑って彼のもとへ歩み寄る。


「やっと見つけました、ソースケさん」

「お久しぶりです。すごい人ですね。やっぱりGWだからですかね」

「そうですね。私たちもこうして出かけているわけですし」


 ふふふ、と彼女は笑った。

 上品な笑い方だ。

 きゅん、と胸に来るものがある。


 それにしても。

 てっきりちとせもからかいに来ると思っていたのだが、彼女の姿はどこにもない。


「どうしたんですか?」

「いや、安藤さん、いないなーって思って」

「来ませんよ。もしかして誘ったんですか?」

「あ、いや、あの、そういうんじゃないんですけど、あの人、こういうの好きそうだから、勝手についてきてるかなーって」

「そんなことしませんよ。まあ、してそうですけど」


 あの騒がしいちとせのことだから想像に難くない。

 あはは、と愛想笑いのような表情を浮かべた倉田だったが、急に緊張感が沸いて出る。


 これ……デートなんじゃないか?


 誘った時からなんとなくそう思っていた。

 だけど、心の中ではなんとなくだがちとせが邪魔してくるのではないか、という気持ちがあった。

 そうでないとわかると……すごく緊張してきた。


 追い打ちをかけるように、スマホの通知が届く。

 ちとせからのメッセージだった。


『デート頑張ってな』


 ボン、と倉田の顔が赤く染まる。

 なんてことを言うんだ、と叫びたくなった。

 全部見抜いているのだろうか。

 それとも、どこかから隠れて覗いているのだろうか?


 倉田はちとせからのメッセージに返信することなく、スマホを閉じた。


「どうかされました?」

「あ、いや、なんでもないです。あはは……」


 デート。

 改めて意識してみるとドキドキしてしまう。

 こんな綺麗な人と、デートできるなんて……夢を見ているかのようだ。

 しかし、あの時一歩を踏み出せなければ絶対見れなかった夢だ。

 連休前に晴海を誘った自分を褒めたい。


「それで、どこに行きましょうか」

「どこにしましょう……尾恥ずかしながら、実は何も決めてなくて。そもそも三宮に来ることもほとんどないですし」

「僕もです。だからこの周辺について全然わかんなくて。すみません、兵庫出身なのに頼りなくて……」

「いいんですよ。せっかくですし、適当に回りながら買い物しましょう」


 ニコッと彼女は笑った。

 やはり天使だ。

 慈愛に満ちた表情に堕ちてしまいそうになる。


 行きましょうか、と晴海は駅の外に向かって歩いた。

 倉田も彼女の後ろをついていく。

 晴海の通ったところからほんのりといい香りがした。


 2人は駅から少し離れたショッピングモールに向かう。

 とりあえずここで適当に買い物をしつつ、昼食を取ろうという算段だ。


 道中、駅構内にあるスーパーで全品20%オフのセールが開かれているのを倉田は偶然目撃してしまった。

 思わず立ち止まり、じっと外から中の様子を眺める。


「どうされました?」

「いや、あの、セール、やってるから、気になって……」

「何か欲しいものでもあるんですか?」

「そういうわけじゃないんですけど、なんかこういうキャンペーンがあると、ついつい手に取っちゃって」

「わかります。私も一人暮らしを始めた時、アプリのクーポンとかが配布された時、使わなきゃ! っていう使命感が強くてつい無駄遣いしちゃったんですよね」


 あはははは、と晴海は苦笑いを浮かべた。

 なんだか可愛らしいエピソードだが、共感性がとても高い。

 自分もそういう節があるから。

 お惣菜を買う時に、値引きされていたからついついほしくもないのに買ってしまった、という経験を何度もしている。


「ハルさんは、どうやって節約してますか?」

「そうですね……特に難しいことはやってないつもりです。強いて言うなら、自炊をすること。あとは買い物の回数を減らすことに意識を向けてますかね」

「はあ」


 前者はわかる。

 実家を出る際、母親にも言われたから。

 だが後者はどういうことだ?

 全く見当がつかなかった。


「たとえば、カレーって一度にたくさんの量を作るじゃないですか。だからそれで何日かは持つんです。あと、カレーの具材と肉じゃがの具材ってほとんど同じなんですよね。だからジャガイモと人参と玉ねぎを最初に買っておけば、大体1週間近くの献立は概ね決まったも同じなんですよ。あとは付け合わせに何を並べるか、を考えるだけです」

「なるほど……」

「まあ要するに、最初に具材を買って、できるだけ買い物の回数を減らすことが節約のコツかなって思ってます」


 目から鱗だ。

 いいことを聞いた。

 次回からはこれを実践してみよう。

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