第26話「田舎と都会」
外はとても晴れていた。
雲一つなく、日差しが眩しい。
ただ、眩しすぎて真夏かと錯覚してしまう。
5月でこの暑さなのだから、一体夏本番になるとどのようになってしまうのだろうか。
倉田たちは駅を出て、すぐ隣のショッピングモールに向かった。
三宮は大阪や京都と比べると街の規模感は少し見劣りするが、それでも立派な都市部だ。
とはいっても市街地は三宮だけでなく神戸、西宮の方にもあるが、わざわざ三宮を選んだ理由ってなんだろう。
「あの、すごい今更なんですけど、どうして三宮にしようって思ったんですか?」
「特に理由なんてないですよ。ただ、兵庫県で一番栄えているのが三ノ宮駅だって何年か前のTVでやっていたのを思い出して」
「そんなこと言ってたんですか?」
「はい。なんの番組かは忘れちゃいましたけど……兵庫駅は県名が入っているのに快速も新快速も止まらないって」
それは事実だ。
JR兵庫駅は同じJRの大阪駅や京都駅と違い、都道府県の名前が入っている割には主要な駅ではない。
彼女の言った通り、新快速はもちろん快速電車だって止まらない。
路線も神戸線の他には和田岬への路線があるだけで、その線も和田岬駅までへの一駅分しか区間がない。
神戸駅も神戸の少し郊外にあるため利用客は三ノ宮と比べると少ない。
それに、県庁や神戸ポートタワーまで行こうと思えばその隣の元町で降りなければいけないし……確かに晴海の言う通り、神戸の繁華街の中心駅は三宮中心であることは間違いないだろう。
「そう思ったら兵庫って不思議なところですよね。県名どころか県庁所在地の地名が中心じゃないって」
「いや……京都や大阪の方が規模感大きすぎる気がするんですけど……」
大阪に引っ越して思ったが、大阪駅は本当に広すぎる。
JRだけならともかく、地下鉄だけでも梅田、西梅田、東梅田と別れていて、阪急、阪神電車に至っては大阪梅田駅、とそもそも駅名が違う上に距離が離れているからややこしい。
ダンジョンと呼ばれるのも納得の複雑さだ。
京都はスッキリしているものの、ターミナル駅であるため、様々な線が乗り入れている。
JRだけでも東海道本線と山陰本線、奈良線という在来線3つに加えて新幹線も通っており、近鉄や地下鉄も通っている。
そのため駅としての規模はとても大きく、初めて京都に訪れた時、関西で一番大きいのではないか、と思ってしまったほどだ。
少なくとも関西で大きな規模の駅を3つ列挙するならば、大阪駅、新大阪駅、京都駅の3つが間違いなく不動のトップだろう。
5つとなると、ここに難波、そして三宮、もしくは天王寺が入ってくるかもしれない。
「兵庫って、案外田舎かもしれないですね」
自嘲気味に倉田は言ってみた。
よく兵庫は大阪や京都と並べられることが多いけれど、明らかにその2つの都市のレベルが違いすぎる。
京都は元々日本の中心だったし、大阪も東京に次ぐ現在の日本の第2の中心だ。
それに比べて兵庫県は……特に何もない。
「仙台とどっちが発展してますかね」
「どうでしょう。私も都市部によく行ってたわけではないのでなんとも」
「じゃあ、僕と同じだ」
倉田が住んでいたところは、ここより少し北にある、田舎の町だ。
田舎と言っても道は整備されているし、インフラもある程度整っている。
市街地も神戸と比べると見劣りはするものの、割と建物が立ち並んでいる。
しかし少し車を走らせたら一面山田錦の田んぼが広がっており、視界の先には山や川がある。
交通の便が劣悪であることに目を瞑れば、生きていけないこともないけれど、こうもビルが立ち並ぶ光景を見てしまうと、同じ兵庫県とは思えない。
その感情は、晴海にも持ち合わせているのだろうか。
「いつか行ってみたいです、仙台」
「本当ですか? なら、ご案内しますよ」
ニコッと晴海が微笑むので、倉田は目を逸らしてしまった。
彼女の一挙一動に心を動かされてしまう。
でも約束をした。
いつか、彼女の案内で、訪れてみたいものだ。
倉田は晴海と共にモール内を散策する。
散策するだけで、彼女は何かを買おうとする素振りを全く見せない。
「実を言うとですね、昔から物欲というものが少ない方でして。だからいざショッピングしようと思ってもあまり購買意欲が沸かないというか……ウインドウショッピングで十分というか」
「それ、わかります。僕も本屋に行ったとき、眺めているだけで満たされるっていうか……まあ僕の場合、ついつい手に取って買ってしまうんですけどね。あはは」
倉田も購買意欲が大きい方ではないが、たまに爆発してしまう瞬間がある。
初めて参加した即売会がまさにそれだ。
好きなものを目の前にすると金銭感覚がおかしくなってしまう。
今回はそうならないように抑えていきたい。
ただ建物の中を歩くだけでも晴海と一緒だから楽しかった。
中には本当に欲しい商品もあったから実際に店舗の中に入って商品をチェックすることもある。
倉田はメンズようの小物店へと足を踏み入れた。
「財布、もうボロボロになっちゃって。まだ使えることはできますけど、さすがにこうして取り出すと見栄え悪くて……」
「選んであげましょうか?」
「い、いや、いいですよ。自分で選びますから」
口にして数秒後、どうして断ってしまったのだろうと自分自身を呪った。
断る理由なんて何もなかったはずなのに。
はあ、と溜息をつきながら、展示されている財布を物色していった。
ブランドものではないものの、それなりに値段はする。
消耗品とはいえ、簡単に手が出せる代物ではない。
「これなんてどうでしょう?」
晴海が持ってきた黒の長財布は、光沢があってどこか高級感があった。
しかし値札を見てみると、2000円台と、かなりお値打ちの値段だった。
他の物を見てみると、4000円だったり5000円だったり、高いものだと1万円を超えているものも少なくない。
それらと比べると、この財布はデザインもいいしお値打ち価格だ。
「これ……いいですね! ありがとうございます。買ってきます」
意気揚々と倉田はレジに向かい、晴海が選んでくれた財布を購入する。
一生大切にしよう。
そう誓った。
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