第20話「楽しい食事会」

 18時前、京都駅近くの焼き肉店に3人は入店した。

 予約もなしで大丈夫かと思ったが、なんとかなったみたいだ。


「ソースケさん、今日はちとせの奢りだから、遠慮せずに食べてくださいね?」

「いや、あの、元々僕がそうする予定だったんですけど……」

「気にしなくていいんですよ! ちとせにはちょっと懲らしめるくらいがいいんです! ほら、じゃんじゃん頼んじゃいましょう! 食べ放題じゃないですけど、気にしなくていいですからね?」

「いや、気にしますよ……」


 チラリと倉田はちとせのほうを一瞥する。

 彼女は何かを決心したかのように、財布を閉じていた。


「あの、大丈夫ですか?」

「あー、うん。大丈夫。最悪リボ使えばなんとかなるし……」

「他人に奢ってリボ払いで事故破産なんて、申し訳なさすぎるからやめてください」

「気にせんでええよ。ソースケくんにも気兼ねなく楽しんでほしいし」

「気兼ね……いや、しますよ。こんなの」


 昔から、あまり奢られるのが好きではなかった。

 と言っても誰かに食事を誘われた経験などほとんどないのだが、たまにこうして奢られると少し委縮してしまう。

 もう少し図太く生きられたらな、とほんのり自己嫌悪に陥りながら、倉田はお冷を一口飲んだ。


 どれにしようかな、と晴海はメニューを開き、じーっと眺めている。

 その様子を……というよりかはメニュー表の方だが、ちとせはじーっと眺めながら注文用のタブレットをすかさず手に取った。


「とりあえず生2やろ? あ、ソースケくんってお酒飲めるっけ」

「いや、飲めないです。僕、弱くって……ドリンクは大丈夫ですので」

「そう? ほなとりあえず国産牛とタンとカルビとハラミ、あとホルモンも頼んどこ」


 自分が奢るというのに、全然躊躇がなかった。

 彼女は何の躊躇いもなく、「注文する」の表示をタップする。


「あ、鶏肉も追加で」

「あいよー」


 晴海のオーダーにも抵抗を示さなかった。

 金銭感覚どうなってるんだ、と恐怖すら覚える。


 何食わぬ顔でちとせは倉田の方に向いた。

 正直食への関心より彼女への恐怖の方が今は大きい。


「遠慮せんとどんどん頼んでええから」

「いや、さすがにちょっと、恐れ多いというか、何というか……遠慮しときます」

「あかんあかん、そないやからひょろひょろやしちっこいんやで。もっと食べ食べ」

「はあ……」


 自分の気にしているところにグサリと突き刺さる。

 本当にこの人はデリカシーというものを知らないようだ。

 腕が細いのは特段気にしてはいないのだが、背が低いのは少しコンプレックスだ。

 平均すらない上に、晴海にすら負けている。

 男は身長で決まらない、とはいうけれど、ある程度の恰好は欲しいものだ。


 すみません、と倉田の前で晴海が頭を下げる。

 彼女はちとせの頭を掴み、無理やり下げさせた。

 まるでガキ大将とその母親だ。


「…………とりあえず食べましょうか」


 注文した肉がやってきた。

 ちとせがトングでつまんでいき、鉄網の上に置いていく。

 じゅう、という音と共に香ばしい匂いが食欲を刺激した。


「ウチ、肉はじっくり焼く派なんやけど、なんかこだわりとかある?」

「いえ、特にないです」

「私も」

「ほなウチが仕切らせてもらうわ」


 そう言い切った瞬間、ちとせの目の色が変わった。

 慣れた手つきで彼女は肉をひっくり返していき、焼き終わった肉はそれぞれの取り皿に、そして空いたスペースにまた新しい肉を追加していく。

 焼肉奉行というのは時と場合によって嫌われる場合もあるけれど、彼女に関しては皆から尊敬される存在となるのではないだろうか。


 取り皿に肉がどんどん溜まっていく。

 早くしないと冷めてしまう。

 倉田はまず牛塩タンを焼き肉タレにつけ、食する。

 塩が味を引き締めていて美味しい。


 ここに白米があればなお美味しいのに、とタブレットに手を伸ばそうとしたけれど、すぐにやめる判断をした。

 いくら即売会の打ち上げだからといって、奢りだからといって、遠慮もなく注文するのはやはり気が引ける。

 白米がなくたって十分美味しい。

 牛塩タンを食し、ハラミに手を出した。


「だから、遠慮せんでええって」


 そんな倉田の状況を見かねたのか、ちとせが声をかけた。


「ウチの驕りなんやし、今日の主役はソースケくん、アンタや! 堂々としとき。遠慮ばっかりやと、人間損するで? こういう好意はちゃんと受け取っておくのが礼儀なんよ。覚えとき?」

「あ、はい……」


 で、何頼むん? とちとせは倉田にタブレットを見せる。

 彼はページを漁り、白米をオーダーした。


「ええやん。ウチも頼も」


 ぐびっとジョッキを片手に彼女は倉田と同じ白米を注文する。

 晴海にも「食べないか」と尋ねたが、彼女は「いらない」と答えた」

 あれだけ「今日は食べるぞ!」と張り切っていたのに、そこまで量は多くないようだ。

 それを見越してちとせはじゃぶじゃぶお金を溶かしていったのだろうか、と倉田は少し首をかしげる。

 いずれにせよ、ちとせの考えていることはよくわからない。


 注文して数分、お椀に乗った白米が届いた。

 輝くような白米から湯気が出ていて、食欲をそそらせる。

 タレを付けた牛肉を白米の上に乗せ、一緒にかきこむ。

 美味い。

 この一言に尽きるしかなかった。


「うわ、めっちゃ美味いやん米」

「ちとせ、うるさい」

「でもでも、美味しいで? 晴海も食べえや」

「ビールと米ってあまり相性よくないのよ。麦と米だから」


 なるほど、と倉田は頷く。

 そういえば地元の父親もそんなことを言っていた気がする。

 夕食の時、米を食べるときは必ずビールを飲み終えてからだった。

 当時は「ふうん」程度にしか思っていなかったけれど、こうして昔の父と同じことを言っているのを見てふと思い出す。

 そして少しだけ興味が沸いた。

 本当に食べ合わせの相性は悪いのか? と。


 とはいえ自分はお酒を飲めない。

 そもそも炭酸飲料がダメだから、ビールなんてもってのほかだ。

 初めてビールを飲んだ時、まず苦さよりも炭酸系の刺激がダメだった。

 もちろん味も気に入らなかったのでどのみち無理ではあったけれど。


 だから、こうして美味しそうに酒を飲む彼女たちを見て、羨ましいなと思ってしまった。

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