第53話「5人でどこかへ」

 即売会も無事に終了し、倉田たちは撤収の準備に取りかかる。

 会場内を回っていた3人も合流し、サークルは一気に賑やかになった。


「お疲れ。この後みんな予定ある? もしよかったらめぐっちゃんの大学合格おめでとう会やりたいんやけど、どう?」

「ちょっと、何勝手に決めてるんですか!」


 一番驚いていたのが本人だ。

 自分のことなのに、勝手に他人に取り仕切られるのだから無理もない。


「ちとせ、ただの飲みたい口実に平野さんを使わないで」

「あは、バレた? ごめんごめん」

「勝手に私を巻き込まないでくださいよ……」


 げえ、と平野は嫌そうな顔をする。

 けれど会自体を否定するつもりはなく、「やるなら未成年でも大丈夫な場所でやってください」と付け加えていた。


「もっちろんそのつもりやで? まあウチは飲むつもりやけど、めぐっちゃんは絶対飲んだらアカンからな」

「当たり前です!」


 プクーッと、彼女は頬を膨らませた。

 こんな風に表情を露わにする彼女を見るのは初めてだった。

 こんな顔も出来るのか、と倉田は関心する。


 倉田たちは電車に乗り、天王寺駅へと向かう。

 まだどの店にするかは決めておらず、ちとせはスマホを眺めている。


「こことかどない?」


 彼女が提示したのは、とある和食店だった。

 全席個室だから多少は騒げる。


「私は大丈夫です。皆さんは?」


 平野の問いに残りの3人は首肯する。

 オッケー、と彼女はその店を予約する。

 行動力が早い。


 本町駅に着き、乗り換えのために一度降りる。

 谷町線の八尾南行きの電車が来たので、一同はそれに乗った。

 普段天王寺から地下鉄に乗るときは御堂筋線しか使わない倉田にとって、今回の行動は少し違和感がある。


「御堂筋じゃないんですか?」

「谷町でも天王寺には着くで。こっちの方がね、徒歩が少ないんよ」


 ほれ、とちとせはスマホの案内を見せた。

 コスモスクエア駅から天王寺駅まで、様々なルートがある。

 弁天町駅を経由して大阪環状線に乗るルートはお金が若干高くなるので除外するとして、問題は本町の後にどちらの線に乗るかだ。

 確かに御堂筋に乗るにはここから2分ほど歩かなければならないが、谷町線の場合は徒歩0分で済んでいる。


「それにな、同じ大阪メトロの天王寺駅でも、御堂筋の方から谷町の方に行くのに結構あるかなあかんねん。今ウチらが行こうとしているのはアポロビルの中にあって、そっちは谷町の方と近いから、こっちの方が都合がいいって訳よ」

「なるほど……」


 一つ賢くなった気がする。

 持っていてもそこまで使えそうな知識ではないけれど、無駄にはならないだろう。


 天王寺駅に到着し、駅構内を出る。

 谷町線側の天王寺駅は、駅地下の店がずらりと展開されていて、見慣れない光景だった。


「うーん、谷町側で出たんは失敗やったかな」

「え、今更?」


 ちとせの独り言に、岡がツッコミを入れる。

 悪びれる様子もなく、彼女も「うん」と返答した。


 予約は18時なんやけど、まだ16時前なんよね。今から2時間どないして時間潰そうかな思って」

「てんしばでええと思いますけど」

「それやったら御堂筋で降りた方がよかったやん? だから間違えたかなーって」


 なんだそれ、と倉田は呆れた。

 あれだけ意気揚々と自慢げに教えてくれたのに、その選択をミスしていたなんて、どんな笑いぐさだろう。

 とはいえ、天王寺駅周辺には到着できたので、それも些細な問題だ。


「私は別にどっちでもいい。時間が潰せても潰せなくても。みんなと一緒だからどこでも楽しいし」

「晴海ぃ、アンタやっぱりウチの親友やでぇ」


 わざとらしい演技をしながらちとせは晴海に抱きつく。

 それを彼女は全力で突っぱねた。

 ちとせもそれ以上特に晴海に絡むことはなく、よし、と笑顔に戻えう。


「とりあえずゲーセン行く? こんな機会やないと滅多にやらんやろうし」

「お、いいですね。クレーンゲームには自信がないんですよ」

「ほな威張んなや」


 相変わらず岡とちとせの呼吸はピッタリだ。

 こういうやりとりを見ていると、うらやましく感じる。

 自分と晴海では、絶対こんな漫才なんて出来ないから。


 5人はビルに入り、ゲームセンターがある4階に足を運んだ。

 この建物には映画を見るときによく訪れる。

 しかしゲームセンターの方に寄るのは初めてだった。


「ウチ、クレーンゲーム得意やねん」


 そう言うとちとせはとある筐体にお金を入れ、クレーンを操作する。

 1度目はダメだったが、2度目でものの見事にフィギュアをゲットした。


「学生時代にめっちゃお金つぎこんだんよ。親には結構怒られたけど、そのおかげでクレーンゲームめっちゃ上手なったわ。はい、これ岡くんにあげる」

「ども……」


 へへん、とちとせは鼻を鳴らした。

 どうやら腕は確からしい。

 それに対抗心を見せたのが、意外にも平野だった。

 彼女は別の筐体にお金を投入する。


「お、めぐっちゃんもこういうのやるんや。意外」

「ちょっと黙ってて」


 いつものように冷淡で、いや、いつも以上に冷たくて重たい声だった。

 まるで野生の獣が獲物を見定めるように、彼女は眼光を放つ。

 丁寧にアームをレバーで動かし、なんと一発で景品をゲット出来た。


「すごいな、こんな特技があったんだ」

「そんな褒められるようなことでもないです。ただ、できるだけ」


 あげます、と言って平野は倉田に景品であるぬいぐるみを渡した。


「いいの?」

「はい。元々倉田さんにあげようと思ってやったので」

「じゃあ、どうも……」


 正直いらない。

 部屋に置き場がないから扱いに困る。

 無理やり作ればなんとかなりそうだけど。

 これを晴海にあげようか、という考えがよぎったが、他者からもらったものをそのままあげるなんて非常識だろう。


「ありがとう。部屋に飾っておくよ


 倉田は平野に礼を言う。

 彼女は「いえ、別に」と相変わらず不愛想に返事をし、倉田に気づかれないように晴海の方に目を向ける。

 そして、ニヤリと得意げに笑った。

 その表情を、倉田は知る由もなかった。

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