第54話「好きです」
その後もゲームセンターを堪能していたが、あっという間に予約の時間になった。
一行は目的の階までエレベーターに乗り、その店に入る。
こういう場所は全国チェーン店や近所の居酒屋、フードコートの店と比べてちょっとだけ高級感があるから、少しだけ萎縮してしまう。
こういう会でもなければ絶対に来ないだろう。
平野の右にちとせ、左に晴海が座る。
正面には岡、倉田が陣取っていた。
「ウチ、レモンサワーね。みんな好きなん頼んでよ」
「え、奢りですか? ありがとうございます!」
「ちゃうわ! でも飲み放題ではあるから、じゃんじゃん頼んでも構へんで」
相変わらず2人の掛け合いは健在だ。
「飲み放題、ということは、食べ放題ではないんですか?」
「うーん今回のプランはいわばコース料理みたいな形でどんどん来るタイプやから、おかわりなんかする余裕ないと思う。追加で注文は出来るけど、その分お金は取られるで」
「そりゃまあ、そうでしょうね……」
それならいいか、と倉田は安堵する。
ゼロから注文し放題だったら、危うく口座から引き落とさなければならないところだった。
5人の飲み物がやってきてまもなく、料理が続々とテーブルの上に並べられてきた。
和食料理店なので生の料理が多い。
あまり生の食べ物は好まないが、好き嫌いを言っているときではない。
「それでは! 今日のイベントの成功と、めぐっちゃんの大学合格を祝して、かんぱーい!」
ちとせの号令の後、4人はグラスを掲げ、コチンと鳴らす。
冷えた烏龍茶が身体に染み渡って美味い。
料理は続々とテーブルの上に並べられていた。
野菜料理、海鮮料理、肉料理……どれも煌びやかとしていて美味しそうだ。
こういう料理を食べるのなんて滅多にない。
「美味しいですね、これ」
「そうですね。野菜がとても瑞々しくて苦みもなくて、とても食べやすいです」
晴海と目配せをしながら、倉田はテーブルにある料理を食す。
なんだか、少し大人になった気分だ。
ちょっとだけ得意げになって、料理を小皿に移していく。
「そういえばめぐっちゃん、大学って美術系の学科やったやん。絵描くの?」
「はい。絵、好きなので」
堂々と彼女は答える。
見せて見せて、とちとせが平野にすり寄ってきたので、毛虫を見るような目で彼女は渋々スマホを取り出した。
「はえー、アナログでやってんねや。めっちゃ綺麗」
「本当。よく色鉛筆でここまで表現できますよね」
平野が描いたのは1枚の風景画だ。
緑の大地に、青い空。
まるで絵本の世界のような光景が真っ白なキャンバスの中に広がっている。
「将来、絵本作家になりたいんです」
「絵本作家? ええ夢やん。頑張りや」
「はい」
そう返事して、平野は白身魚に手を出した。
夢があるというのはいい。
それだけで自分を突き動かす原動力になるから。
自分も、小説だけで食べていけるようになりたい。
自分の夢を堂々と語った平野を眺めながら、倉田は烏龍茶を飲む。
祝勝会という名の飲み会はつつがなく進んだ。
それぞれ思い思いの創作論を熱く討論している。
「だから! ニーズに合った作品を作れへんとアーティストは死ぬんや!」
「でも最高のものを目指さないと業界は死にます!」
「ニーズと一緒にクオリティはどんどん上がっていくもんや。そこは心配せんでもええ!」
「だとしても! ニーズとは別にクオリティを求めないと、落ちるところまで落ちますよ! 夏目漱石も『向上心のないものは馬鹿だ』って言ってましたし」
ちとせと平野が一番白熱した口論を見せていた。
平野はお酒が入っていないにもかかわらず、頬が紅潮して、アルコールを摂取した人と同じ顔になっている。
飲み会に行くとアルコールではなく場の雰囲気で酔ってしまう人らしい。
「はいはい、そこまで。ちとせも平野さんもちゃんと水飲んで。そろそそ退店の時間だから、清算の準備しましょう?」
ちとせの代わりに晴海が取り仕切る。
今回も割り勘だが、今回は少し値が張った。
しかし、腹も膨れた上に美味しい料理を堪能できたので満足だ。
お会計を済ませ、5人は店を出る。
平野はすっかり平静を取り戻したが、ちとせは酒の影響かあははと笑いが止まらなくなっていた。
「俺、安藤さんのこと心配やからちょっと送っていくわ」
「すみません、お任せしてもよろしいでしょうか」
「わかりました」
一同は天王寺駅で解散し、ちとせを介抱した岡は電車に乗り込む。
彼女の自宅の最寄り駅は心斎橋駅らしい。
岡の自宅とは正反対だが、酔っぱらった人間をほったらかしにするのも気が引ける。
「あー、ごめんな。迷惑やろ」
「いえ、そんなことないです。帰っても暇やったんで」
「そっか。そらええ暇潰しになったな」
「暇潰し……なんかじゃないですよ」
電車が心斎橋に停まる。
岡は彼女の手を引き、電車を降りて改札を出た。
「初めて会った時から、ちとせさんのこと、ええなって思ってました」
「え、急に何? どうしたん? てか、ここにきて名前呼び?」
ちとせの中でクエスチョンマークがいくつも飛び交う。
彼女の問いに答ええることなく、倉田は手を取りながら言葉を並べていく。
「多分、一目惚れやったんやと思います。一緒にいてとても心落ち着くし、即売会とか、そういうので会えるってなった時、すごく楽しみやったし、多分、そういうことなんやろうね」
「ちょっと待ってよ。そういうことって何? ウチ全然わからへん」
だから、と岡はクルリと振り返り、ちとせの方を見てニッコリと笑った。
繁華街から少し離れ、彼を照らすのはポツンポツンと立っている街灯と月明かりだけだ。
「好きです。ちとせさんのことが」
急な告白を受けた彼女は、酒に酔っ払った時以上に顔を真っ赤にしていた。
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