第55話「恋路の行方」
「……ちょいちょいちょい、アンタ、自分が何言うてんのかわかってんの?」
「わかってます。だから言うたんです」
「全然答えになってへんけど……」
はあ、とちとせはため息をつく。
すっかり酔いも冷めてしまった。
未だに目の前の人物の言葉を信用できない。
「そんな素振り、全然見せへんかったやん」
「見せてへんかったからですね。そういうの、あんまり表に出したないし」
「出してよ。わかりにくいやん」
「嫌ですよ」
会話だけを切り取れば、普段のやりとりとそこまで変わらない。
しかしちとせは明らかに動揺していて、目が泳いでいる。
彼のことを直視することができない。
「…………どないしたらええの」
ポツリと、ちとせは呟いた。
こんな時、晴海ならどうするだろう。
いや、彼女だってきっと同じだろうな。
急に告白されたら、動揺してあたふたするに違いない。
散々他人のことをからかってきたけれど、いざ自分がその立場になってしまうと、人のことなんて言えない。
岡は、そんな彼女に対して優しく微笑みかけた。
こんな顔、倉田には絶対見せられない。
相手がちとせだから、見せることが出来る。
「別に、今まで通りでいいですよ。ただ、絶対その気にさせたりますけど」
「絶対口説く気やん」
「だって、やれることは全部やっとかんと。後悔したくないし」
その言葉は、ちとせ自身にグサリと突き刺さった。
何もしてこなかった自分に対して、重くのしかかかってくる。
そういえば聞かれていたな、という私怨はその次に訪れた。
「それはアレか? 10年以上片思いを引きずっとったウチに対するあてつけか?」
「そんなわけないでしょ。俺なりの決意表明です」
「でもウチとめぐっちゃんのやりとりは聞いとったんやろ?」
「はい。まあそれがあって、今日告白しようって思ったんですけど」
「見切り発車にも程があるやろ……」
だけど、すぐ行動できたその力は賞賛したい。
自分は何も出来なかったから。
「当てつけっていうんやったら、ちとせさんの初恋相手に対してはそうですかね」
「どういうこと?」
「だって、ちとせさんこんな可愛くて素敵な人やのに、別の人選ぶなんてもったいないですやん」
「かわっ……アンタなあ、そういうの冗談で言うたらアカンで!」
「冗談でこんなこと言うわけないでしょ」
声を荒げてしまったちとせだったが、逆に岡は静かに彼女を諫める。
その落ち着いたトーンとじっと見つめるまなざしが、ちとせには眩しすぎた。
ああ、本気なんだな、と否応なく理解してしまう。
「マジなん?」
「マジです。大マジ」
「やんな」
こんなキラキラとした瞳を持つ彼が、嘘を言うはずがない。
はあ、と再び大きなため息をついて、ちとせはその場にしゃがみ込む。
「……酔うてる人間にそんなん言うのズルいわ」
「なら、シラフの時だったらちゃんとした答えが返ってくるんですか?」
「それは……どうやろ。あんま変わらんかもしれんな」
ケロリ、と彼女が笑う。
告白を受けた後でまだ感情の整理がついていないため、少しくたびれた笑みをしていた。
そんな笑顔でもちとせらしい朗らかとした明るさがあり、しかしいつもの快活さとは違う別の明るさであり、ともかく彼女の表情に、岡はいつも以上にときめいてしまった。
「やっぱ好きっすわ」
「ちょ、不意打ちはアカンって! もう……」
再び彼女は頭を垂らす。
この先、どんな目で彼のことを見ればいいのだろう。
もう今まで通りの関係には戻れない。
会う頻度はそこまで高くなかったが、一緒の時はとても居心地が良かったし、これからも良き友人として関係を続けていくものだとばかり思っていた。
それなのに……!
「1回、考えさせて? 即答はでけへん」
「わかりました。俺はいつでも待ってますから」
「ずっと待ってて、それでアカンかったらどないなん?」
「奪いに行きますわ。そうならんように、ちゃんと賢い判断してくださいね?」
「それ、脅しになってるやん……」
引き気味のちとせに、岡は「冗談です」と加えた。
冗談なもんか、とちとせは言いかけたけれど、この目はどっちだろう。
もう彼のことが全然わからなくなっている。
彼女は立ち上がり、岡をじっと眺めた。
よくよく見ると顔は良い。
性格は少し難があるけれど、値はいいやつだということをちゃんと知っている。
「迷惑だけはかけんといてな」
「それはもちろん。というか、この告白自体ちとせさんの迷惑になってないか心配でした」
「それは……全然問題ない。うん。問題あらへんよ」
少し顔を赤らめながらちとせは答える。
このまま承諾しても悪くないとすら思ってしまった。
けれど、それだと自分が軽い女だと思われてしまわないだろうか?
それだけは絶対に避けたい。
じゃあ、とだけ言ってちとせは岡と別れた。
この先、彼とどう付き合っていけばいいのだろう。
答えが全然見えてこない。
彼は、何を求めているのだろうか。
まあ絶対自分と付き合える未来を一番に求めているのだろうけれど、自分は彼のことをどう思っているのか、まだ整理できていない。
「あーもう、ホンマ、もう……」
自分が恋愛の渦中にいるなんて、本当にいつ以来だろう。
社会人になってこんな感情になるなんて思いもしなかった。
自宅に戻り、ちとせは真っ先に自分のベッドにダイブする。
風呂に入る気力も、電気をつける体力もない。
思考は完全に岡に支配されていた。
「幸せにしてくれな、承知せんからな……」
疲れがどんどん彼女の身体を巡っていく。
どんよりと、意識がベッドに沈んでいくような感覚になり、いつの間にかちとせは眠ってしまっていた。
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