第56話「学園祭」
初めて大学の学園祭に参加した時、想像以上に規模が小さかったのをよく覚えている。
漫画やアニメで見るような絢爛とした派手さはなく、高校の文化祭の延長のようなものだった。
せっかく芸術系の学科があるのに、即売会や展示会のようなことは一切しない。
あくまで有志。
毎年毎年変わり映えしない文化祭に倉田は飽き飽きしていた。
だが今年は違う。
晴海が来るのだ。
先週、ダメ元で「学園祭に来ませんか」と誘ったら、見事に二つ返事でOKをもらえた。
それ以来倉田は浮足立って、毎日を過ごしている。
岡も彼の浮かれ具合には少々引いていた。
「小学生かよ」
「うるさい。ヤスもどうせ安藤さん呼ぶくせに」
「なんで決めつけんねん」
「だって、いつも仲いいじゃん。こぞって俺たちをからかってさ。ま、お似合いだと思うけど」
マジかよ、と岡は引きつった笑みを浮かべた。
まだちとせへの恋心はバレてはいないものの、薄々感づいているようだ。
彼は察しが悪いようで、地味に勘が鋭い時がある。
案外バレるのも時間の問題かもしれない。
とはいえ、わかりやすすぎるのもどうかと思う。
倉田は晴海からの言葉でよく一喜一憂する。
最近はもう慣れたものだが、出会ったばかりの頃はどうすればいいのかわからず、メッセージを送るのにもいちいち泣いたり笑ったりしていたっけ。
「呼んだところで、どうせおもろいもんなんかなんもないで。この大学おもろないもん」
「そんなこと言うなよ。大学だって、いろいろやってるし」
「いろいろって?」
「いろいろは……うん、いろいろ」
「つまり、何もないんやな」
反論できない。
岡の言う通り、この大学に魅力はなかった。
学園祭の規模もたかが知れている。
折角だから芸人やらアイドルやら声優が来てもいいのでは、とすら思った。
だって芸術系の学科があるのだから、前2つはともかく後ろ1つくらいなら何とか頑張れば呼べるだろう。
それすらしないということは、そんな予算がないのか、そもそもそうする意思が全くないのかのいずれかだ。
「ともかく! ハルさんと一緒だと、絶対楽しいから」
「おうそうかい。ならせいぜい楽しめな」
「お前こそ安藤さんと上手くいくといいな」
「黙らっしゃい」
少なくともお前よりは上手く事が進んどるわ、と言いかけてやめた。
あとは向こうの返事待ち。
その答えもこの学園祭で聞けたらいい。
などと考えているうちに、あっという間に学園祭の日になった。
大学の構内にいる人の半数以上がこの学校の生徒ではあるが、それ以外の人たちも多く訪れている。
よく見かけたのが制服を着た生徒たちだ。
来年この学校に来る子たちだろうか。
「倉田さん」
急に後ろから声がしたので、小さな悲鳴を上げてしまった。
振り向くと、相変わらず平野が仏頂面で立っている。
「なんだ、平野か。脅かすなよ」
「別に脅かしたつもりなんて微塵もないんですけど。勝手に倉田さんが驚いただけじゃないですか」
「それもそうだな」
またバスが到着する。
いつもは決まった時間に出ない学校のバスだが、今日は学園祭ということもあり、常時最寄り駅と学校を繋いで走っている。
「ソースケさん、お待たせしました」
晴海とちとせもやってきた。
彼女が着ているベージュのコートは、初めて出会った時に着ていたものだ。
もう11月、すっかり寒くなり、人肌恋しい季節になった。
もうそんな時期か、と倉田は彼女の恰好で時の流れを実感する。
「随分と広い学校なんですね」
「ただマンモス校なだけですよ。授業はおもんないし、生徒はつまらんし、おまけに学園祭でゲストも来ん。まあこんな
一面を見渡した。
山、山、山……あたり一面山で囲われている。
地元ほどではないが、田舎であることに変わりはない。
周囲は車かそれに準ずる何かがないと、交通は不便極まりなく、倉田は原付でいつも移動している。
が、やはり田畑に囲まれ、そびえ立つ山を見ると、どうしても地元を思い起こしてしまう。
本当に大阪か? と疑いたくなる。
「私の地元も似たような感じですよ」
「あれ、ハルさんの地元って確か仙台やなかったですっけ?」
「仙台でも内陸の方でしたから。自然豊かな街なんです」
そういえばそんなことを以前言っていた気がする。
そのおかげで震災の時はあまり影響を受けずに済んだ、とも。
「私は、ずっと都市部で暮らしてるので、こういうところに来るのあまり慣れてないというか、その……ちょっとワクワクしてます」
「そんなワクワクするもんやないよ。学校の近くなんかスーパーしかあらへんし、遊びに行こう思ても駅周辺に娯楽施設なんかほとんどない。あってもせいぜいカラオケくらいや。おまけに天王寺まで電車で30分かかるし、一応聞くけど、ホンマにこの大学で良かったんか?」
「はい。教わりたい先生がここにいるので」
それなら仕方ないな、と岡は妙に納得する。
どこで教わるか、というのはさほど重要ではない。
大切なのは何を教わるかだ。
そしてそれを教える先生もまた、大事なポイントになってくる。
オホン、と除け者扱いされていたちとせが、わざとらしく咳ばらいをする。
岡の方には目を向けず、しかし全体に対して声を放った。
「ここでくっちゃべっとるのもアレやし、そろそろ見て回ろか。この大学広そうやから、早いこと見て回らんと全部回れそうにないし」
「明日もあるし、別に1日で見て回らんでも」
「いや、ここまで来んの大変やったんやで? もう勘弁して」
ちとせの主張に、晴海もあはは、と愛想笑いを浮かべた。
多分、彼女も少なからず似たような感情を抱いている。
どうせだったら、泊まっていけばいいのに。
今住んでいる家から大学までは目と鼻の先だ。
ワンルームマンションだが、1人入るくらいなら別に問題はない。
今日、彼女を家に招き入れられたらいいな。
そんな野望を抱え、学園祭が始まる。
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