第18話「親睦会」
即売会が終わるまで、ひたすらちとせの話を聞いていた。
上司が面倒くさいだの、仕事に行きたくないだの、そういう愚痴ばかり。
しかしなぜか不快に感じない。
どの話も面白おかしく聞こえ、まるで噺家の落語を聞いているような感じだった。
彼女の才能なのだろうか。
「ところでさあ、ちょっと気になっとってんけど、ソースケくんてもしかして関東の人?」
「あ、いや、生まれも育ちも兵庫県です。進学で大阪に引っ越してはいますけど」
「へえ。ほななんで標準語なん?」
「ああ……親が神奈川の人間で。結婚と同時に引っ越したそうなんです」
「はー、そうなんやね」
あれ、と倉田は晴海の方を見る。
そういえば彼女も標準語だ。
もしかして晴海は関西の人間ではないのかもしれない。
「あの、ひょっとしてハルさんって……」
「そうそう。晴海、関西の人間やあらへんねん。仙台やったっけ?」
「どうしてちとせが答えるの? まあ、合ってるけど……」
頭を抱えながら晴海が答える。
仙台……東京よりもずっと遠い。
東北なんて行ったことがない。
想像もつかない場所だ。
なんでそんなところからわざわざ大阪まで……絵の勉強をしたいのなら、大阪でなくても、むしろ東京の方がそういう専門の学校なんていくらでもあるだろう。
「すごいですね……」
「別に、すごくないです。内陸の方でしたから。震災の影響も大きくはありませんでしたし」
「ああ、そうか。仙台だから……」
一気に空気が暗くなる。
そういうつもりではなかったのに、自然とそうなってしまった。
ひょっとしたら、晴海の傷口を広げてしまったかもしれない。
「あの、すみません……」
「いえ、お気になさらず。家族も知り合いも皆元気に過ごしてますから」
「それなら、よかったです……」
ニコッと晴海は微笑むが、やはりどうしても無理やり付けた笑顔のように思えて仕方がない。
彼女の表情を見て、またしても倉田の顔色が暗くなる。
そんな彼の背中を、バシンとちとせは思い切り叩く。
あまりにも強かったので、ひりひりと痛みが残っている。
「はい! そんな辛気臭い顔すんのはもうやめ! 折角の即売会が台無しや。こんな重い話を垂れ流しされとる他の人の立場にもなってみい」
ちとせの号令で、倉田は隣のサークルをチラリと見た。
隣に座っている彼はもまた倉田の方を見て、申し訳なさそうに会釈をする。
反対側、1席空いたサークル主は、逆に我関せずといった感じだった。
千差万別だが、迷惑であるのは間違いないだろう。
「……以後気を付けます」
「よろしい。ま、そろそろ終わりやし、ぼちぼち撤収する?」
またしても周囲を確認すると、既に多くのサークルが撤収準備を始めていた。
それに午前中と比べると、一般参加者も少なくなっている。
ここらで潮時か、と倉田も撤収準備を始めた。
「えっと……そうですね。僕もそろそろ帰ろうかな」
「ほな、この後時間ある? もしよかったら一緒に茶、しばこか」
「茶、しばく……ああ、お茶ですね。大丈夫です」
純粋な関西人ではないから、関西弁の翻訳に少し時間がかかった。
荷物を全てまとめ、倉田は晴海たちと一緒に会場を後にする。
今日の戦果は新刊6冊、既刊4冊。
合計10冊だ。
前回の倍は売れている。
やはりハル効果だろうか。
「今日はよく売れました。ハルさんのおかげです。ありがとうございました」
「いえ、私なんて何も……」
「そんなことないです。僕の小説の表紙を描いてくださって……本当に感謝してます! ありがとうございます」
「いえいえ、私の絵なんか大したことないですよ……」
謙遜するように彼女は笑った。
もっと自信を持っていいのに、と倉田はそんな彼女を眺めながら思う。
彼女のイラストはSNSに投下すればすぐにバズる。
感想もいっぱいつく。
人気なんて十分あった。
それなのに、どうして彼女は謙遜したままなのだろうか。
もちろん自分の地位や実力に胡坐をかき、驕り、ふんぞり返るのは論外だけれど、極端に謙虚なのもどうなのだろう、と疑問に思った。
喫茶店は会場のすぐ近くにあった。
みやこめっせを出て、二条通りを渡ったところにあるロームシアター京都。
そこに併設されている全国チェーン店の喫茶店に3人は足を踏み入れる。
晴海とちとせは慣れているのか特に困っている様子はなかったけれど、こういうお洒落な場所に入るのは倉田自身初めてだった。
ほとんど女性客だが、一定数男性客もいる。
先ほど即売会で見かけた人たちも何人かいた。
肩身の狭さから少しだけ解放される。
カウンターの前でメニュー表を眺めながら、ぶつくさとちとせが呟く。
「どれにしようかな……うわー、やっぱ迷うわ。新作のフラペチーノにしようかな。それとも定番のコーヒー。デザートは何にしようかな。ウチ、ここ来るといっつも迷うねん」
「それは知ってるから、早くして。私ドリップコーヒーでいいから」
「おもんないわあ。もうちょい冒険しいや」
「いいでしょう? 人の好みなんだから。あ、ソースケさんも遠慮しないでくださいね。ここは私が出しますから」
晴海の提案に反射的に倉田は首を振る。
「いえいえそんな! ハルさんにはお世話になりましたから、今日は僕がご馳走します」
「お、何々? 奢ってくれるん? ありがとうなあ。ウチ今月ちょっとピンチでヤバいんよ」
「それはちとせの自己管理能力の低さ故の結末でしょう? ソースケさん、気にしなくていいですよ」
「あ、あはははは…………」
どう反応すればいいのか困る。
適当に愛想笑いしてみたけれど、これが正解なのかわからない。
自分に場を盛り上げられるだけの社交性があったら、とつくづく思う。
これ以上待たせるのも後ろで待っている人たちに迷惑なので、とっとと決めることにした。
ちとせは期間限定メニューであるピスタチオのフラペチーノとイチゴと生クリームがふんだんに乗ったケーキ、晴海はドリップコーヒーとチーズケーキ、そして倉田はバニラのフラペチーノと宇治抹茶のシフォンケーキをそれぞれ注文した。
注文まで約10分。
あまりにも長い。
商品が届き、晴海は後ろで並ぶ人たちに会釈をしながら席に向かった。
窓際の席で、暖かい日の光がガラス越しに差し込んでくる。
「ほな、簡単な親睦会といこか」
ふふん、とちとせが鼻を鳴らした。
なんだかあまりいい予感がしない、というのは薄々ながら晴海も感じ取っているようだった。
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