第76話「久しぶりの即売会」
例のごとく国際展示場駅の改札を抜けた倉田たちは、近くのマクドナルドで朝食をとり、ビッグサイトへと向かう。
先月のコミケには参加できなかったから、実に5ヵ月ぶりのビッグサイトだ。
「なんだか懐かしい感じです」
「年末は忙しくて行けませんでしたから。でも、ソースケさんまで不参加になる理由なんてなかったのに」
「ハルさんが大変なのを想像すると、どうしても気が引けるというか……」
あはは、と照れ笑いを浮かべる。
行かなかったのは完全なるエゴだ。
今思えば、別に晴海の不幸がコミケに行かないという正当な理由にはならないだろう。
だから無茶を承諾してくれた岡には本当に頭が上がらない。
さて、と2人は同じテーブルに、隣同士で座る。
1年前も同じように隣同士だった。
「まさかまたお隣さんになるとは思いもしませんでした」
「どういう偶然なんでしょうね。基本、隣同士のサークルは一期一会のはずなんですけど……」
もはや奇跡と呼ぶにふさわしいだろう。
そうでなければ運命か。
いずれにせよ、またこうして彼女と再び即売会に参加出来ることが何よりも嬉しい。
開場の時間になり、拍手が沸き起こる。
この感覚も懐かしい。
最後に即売会に参加したのは、確か去年の10月だ。
あの時は平野が晴海に敵意むき出しだったから、どうなることかと思っていたけれど、無事に和解できて良かった。
売れ行きもまあまあ好調だった。
1冊、また1冊と本が売れていく。
一般参加者に手渡ししていくのと同時に、高揚感がどんどん高まっていく。
晴海の方もよく売れていた。
二次創作の方は久々だというのに、サークルに来た人たちが「いつも見てます」「応援してます」と彼女に話しかけている。
やはり「この界隈の人間」という意識が強いからだろうか。
「すごいですね。みんなハルさんの絵を覚えてる」
「心に残ってくれるというのはとても嬉しいですね。今までやってきたことは無駄じゃなかったんだなって、そう思います」
その積み上げの時代があったから、こうしてオリジナルにも挑戦しているのだろう。
現に、何もない時はタブレットを用意して、ひたすら絵を描いている。
その彼女を隣で見ていたが、今まで見たことないくらい活き活きとしていた。
本当に絵を描くのが好きなんだなと、そう感じる。
「向こうで何かありました?」
「特に何も。祖父にいい報告ができるように頑張ろうって、思っただけです」
そう笑う晴海だったが、目の奥はギラギラと燃えている。
これが創作者の目か、と一瞬だけ怯んでしまった。
だがすぐに倉田もニヤリと笑い、挑戦的な目を向ける。
「なら僕も、あなたに負けないような作家になります」
「言いましたね。お互い頑張りましょう」
「はい!」
憧れの人は、同業者へと変わり、そして今は仲間になった。
彼女の作品を文章で書き起こし、彼女の絵で自分の文章を広げさせる。
そうやってこれからも二人三脚で続けていきたい。
久方ぶりの即売会だったが、あっという間に時間になった。
まだまだ物足りない。
楽しい時間は一瞬で過ぎ去ってしまう。
会場を出た2人は、去年と同じように渋谷に向かい、書店で時間を費やした後焼き鳥屋にて祝勝会を上げる。
晴海の本は完売だった。
倉田も完売とまでは行かなかったが、半数以上が売れた。
今までの即売会で一番達成感がある。
「すごいですね、完売なんて」
「いやいや、完売したサークルなんてたくさんありますよ」
「でも、完売しなかったサークルの方が多いですよ。それに、なんだか画力の方も上がってる気がしますし」
「いろいろ研究しましたから」
もちろん倉田もハルの本は買ったし、すぐに読んだ。
以前よりも繊細な線になっていて、絵の中に引き込まれてしまいそうだった。
「格段にレベルが上がりましたね」
「お褒めにあずかり光栄です。実はですね……」
にんまりと晴海の口元が緩む。
何かあるのだろうか、と倉田は彼女の発表に備えた。
「4月に雑誌での読み切りが決まったんです!」
嬉しそうに晴海は笑った。
以前、晴海が「商業に挑戦したい」と言っていた。
その後そのことについて何も報告はなかったけれど、ついに嬉しいニュースを聞けた。
これでハルも商業デビュー、彼女の夢が叶った瞬間とも言えよう。
「すごいじゃないですか! おめでとうございます!」
「ありがとうございます。でもまだスタートラインに立ったばかりですから。まだまだ頑張ります。でもこれで、やっと祖父にいい報告が出来ます。ちょっと遅かったけれど……」
しんみりした空気になってしまった。
どう反応すればいいのかわからない。
まだ四十九日も経っていないのだ。
笑い話にするにはいささか早すぎる気がしてならない。
「……すみません」
「いいえ、お気になさらず。ようやく私も祖父のことを受け入れられましたから」
「やっぱり、辛かったんですか?」
「亡くなってしばらくはそうでしたね。でも、ひょっとしたら祖父は天国で私たち家族のことを見守っているかもしれない。そう思うと、心が楽になったんです」
彼女は笑った。
幸せそうな表情だった。
本人がそう言うのなら、そうなのかもしれない。
これ以上は何も言わなかった。
食事を終えた倉田たちは、大崎駅へと戻り、夜行バスが到着するのを待つ。
定刻通りバスがやってきて、また同じようにバスに乗り込んだ。
「待ってますから」
隣の席に座った彼女は、ポツリと呟いた。
なんのことを言っているのかさっぱりわからない。
倉田は首を傾げ、晴海の方を見た。
「クリスマス、ソースケさんが言おうとした言葉、私、ずっと待ってますから」
「あ……」
あの時、告白しようとして、結局失敗に終わったのだ。
そこからずっと有耶無耶になっていたけれど、そろそろ覚悟を決め直さないといけない。
あと半月したら、バレンタインが待っている。
その時に、告白しよう。
「準備があるので、また……」
「はい。いつでも待ってますから」
ニッコリと彼女は優しく微笑んだ。
本当に、晴海には敵いそうもない。
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