第75話「お弁当」

 即売会前夜。

 倉田は大阪城公園にて彼女の到着を待っていた。

 さすがに梅田で彼女の手作り弁当を食べられる場所はなく、仕方なくといった具合で大阪城公園になったそうだ。


 寒空の中、晴海の到着を待つ。

 待ち合わせ時間の30分前に着いたから暇だ。

 ポチポチとスマホを弄りながら、彼女が来るのを待機した。


 少し夕方の時間が長くなった気がする。

 冬至は過ぎたから当然なのだけど、ようやくそれを実感できる時期になってきた。

 寒さは相変わらず厳しいけれど。


 待つこと数分、晴海が駆けてやってきた。


「すみません! 待ちましたよね?」

「いえいえ、僕も今来たところですし、まだ待ち合わせ時間にはなってないですし、大丈夫ですよ」


 はあ、はあ、と彼女は息を切らしながら頭を下げる。

 病み上がりだというのに無理だけはしないでほしい。


 彼女の手には使い捨て用の弁当箱が入ったポリ袋があった。


「それ……!」

「はい、お弁当です。約束通り作ってきました」


 ニッコリと晴海が笑い、倉田のテンションは一気に爆上がりだ。

 はしゃいで駆け回りたくなる気持ちを抑え、倉田は晴海の手作り弁当を受け取った。


 近くのベンチに座り、倉田は弁当を開いた。

 ラインナップは卵焼きにウインナーなど、定番のものばかりだ。

 だがそれも色鮮やかで、とても美味しそうだ。


「いただきます」


 倉田は手を合わせ、さっそく卵焼きを頬張る。

 焦げもなく焼き色も綺麗だ。

 それだけで十分評価が高いが、やはり注目するべきは味だ。

 彼女の卵焼きは甘かった。

 おそらく砂糖でも入れているのだろう。

 砂糖は焦げやすいからあまり使いたくないのだけれど、彼女はそれにもかかわらず焦げ色がほとんどないからすごい。

 それでいて、甘すぎず、塩加減も目立っていない。

 卵の良さがちょうどいい塩梅で引き立っている。


「美味しいです、この卵」

「本当ですか? 頑張って作った甲斐があります。本当は、出来立てを食べてほしかったんですけど……」

「ううん、このままでも十分美味しいです」


 ガツガツと、その他のおかずにも手を出していった。

 ウインナーもパリッとした感触が良かったし、唐揚げも肉々しさが残っていて美味しい。

 おにぎりは海苔の塩味が白ご飯の甘さを引き締めていて、全てが計算されているようだった。


 あっという間に晴海の弁当を食べ終えた倉田は、割り箸を容器の中にしまい、蓋を閉じた。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」

「喜んでくれてよかったです。お口に合わなかったらどうしようかと」


 晴海はホッと胸を撫で下ろした様子だった。

 近くにゴミ箱がないかを探し、倉田はゴミ箱に弁当箱を捨てる。


 用事も済んだので、2人は梅田に向かった。

 そういえば、京橋の方から向かうのはこれが初めてだ。

 天王寺から大阪まで、環状線の距離はほとんど変わらない。

 強いて言うなら新今宮を経由する外回りの方が一駅少ないくらいだ。

 だが、倉田が外回りを使うのはそれだけではない。

 外回りの路線は紀州路快速や大和路快速が通過しているため、途中の芦原橋、今宮、野田には止まらない。

 そのため外回りの方が内回りよりもずっと早く大阪駅に到着できるのだ。


 バスが来るまでの間、2人はヨドバシカメラの書店コーナーを散策する。

 ここは主にコミックやライトノベルが置かれていて、小説はない。

 それでも豊富な品揃えだから、たまに訪れて購入することもある。


「何か気になる本はありましたか?」

「いえ、特には……ハルさんのおススメってなんですか?」

「そうですね……最近だとこの作家さんだとどうでしょう」


 晴海が挙げた作家は全く聞いたことのない人物だった。

 しかし絵は綺麗で、裏表紙のあらすじを見ると、少し気になるような内容になっていた。


「ちょっと気になりますね。1巻だけでも買ってみようかな」

「ぜひぜひ」


 彼女に勧められるまま、倉田はその漫画を購入した。

 晴海のおススメなのだから、絶対面白いに決まっている。

 明日解散した後帰り道に読もう。


 その後も時間が来るまで適当に暇を持て余していた。

 家電量販店ということもあっていろいろな家電が置かれていたけれど、あまりそういうのに詳しくないのでよくわからない。


 ヨドバシカメラを後にした倉田たちは、梅田スカイビルに向かった。

 去年と同じ場所だ。

 そこからまた東京行きのバスが発車する。


「なんだか懐かしいですね。去年は、まさかこんな風になるなんて思ってもいませんでした」

「僕もです。人生何があるかわからないものですね」


 相変わらずエントランスは混雑していた。

 座れる場所なんてほとんどない。

 けれど隣には晴海がいるから、それだけで疲れは吹き飛んでいく。


 倉田たちがのるバスの案内が来た。

 ぞろぞろと移動する人たちと共に、2人も移動する。

 やはり隣同士の席だった。

 晴海が席を取ってくれたから、当然そうなるのは明白なのだけど、それでも彼女とこうして隣同士になれるのは嬉しい。


「今日……正確に言えば明日ですか。私たち、出会って丁度1年です」

「そうですね。ここまで長かったようで、あっという間だった気がします」


 ここに至るまでいろんなことがあった。

 いろんな即売会に参加した。

 いろんなところに遊びに行った。

 コミケにも行った。

 デートもした。

 お見舞いにも行った。


 たくさんの日々を彼女と重ねてきた。

 そしてこれからも、彼女との思い出を作り上げていきたい。


 そんな倉田の願いと共に、バスは発進する。

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