第57話「食べ歩き」

 学園祭を案内しよう、と息巻いたものの、そもそも出店が少ないからどう紹介すればいいかわからない。

 何もやっていない空き教室も多く、本当にこの学校は学園祭をやる気があるのかと疑いたくなる。


「出店、少ないんやなあ。ウチがおった専門の方が、もっと賑やかやったわ」

「どんな感じやったんですか?」

「えっと……芸術系の学校やったから、それぞれの作品の発表会はあったな。あと、出店もここより多かった」

「へえ。なんか羨ましいですね」


 ちとせと岡の会話はいつも通りだった。

 しかし、岡が彼女の方に目線をやると、彼女はプイ、と目を逸らし、そしてゆっくり岡の方へ目線を戻す。

 そんなやりとりが何度も続いた。

 その変な光景に倉田たちが気づくことはなく、5人は大学の敷地内を順々に巡っていく。


 特に順路など設定されていないから、晴海はマップを頼りに経路を決めていた。

 なんだかコミケのようなことをしている。

 もう夏コミも3ヶ月近く前のことになる。

 次の冬コミが楽しみになってきた。


 なんてことを考えている場合ではない。

 今日は彼女に学園祭を楽しんでもらうのだ。


「ホント、なんというか、すごく平凡というか、これで私立大学かよって感じですね」

「言うな。俺が惨めになるだろ」


 平野の毒も相変わらず健在だ。

 痛いところばかりを突いてくる。

 胃がキリキリとしてきた。


 自分だって思う。

 どうしてこの大学を受けたのだろう、と。

 実家から通える場所に行きたい大学はなく、必然的に家から出ることは決まっていた。

 兵庫にも文章を研究できる学校はあったけれど、大阪の、しかもこんな山の中の大学に行こうと思ったきっかけは……そうだ、体験授業が面白かったんだ。

 平野と同じで、その先生の授業が受けたいと思ったから、この学校を選んだ。


 しかし実際、文章を書こうとすると、学校で勉強するよりも、ひたすら書いて、投稿した方がいいかもしれないということに気づいた。

 もちろん体験授業で受けた先生の授業は面白かったけれど、それ以外の授業は、当たり外れの差が大きかった。

 中にはネットで調べれば完結してしまうのに、それを長々と話すだけの授業もあった。

 これだったら、専門学校でもっと専門的に勉強するべきだったな、と今になって後悔している。


「でもまあ、住めば都の部分はあるよ。自然豊かだし、心が落ち着く」

「いえ、私、実家から通う予定なので」

「こいつ……!」


 今まで散々言われてきたけれど、ここまでコケにされたのは初めてだ。

 ぶん殴ってやろうか、と思ったけれど、晴海がいる手前そんなこと出来ない。

 いなかったとしても、警察のお世話になるのは勘弁だ。


 ふう、と一呼吸置き、晴海に話題を振る。


「そういえばハルさん、今からどこに行きましょうか」

「一通りぐるっと回ろうと思っています。その前にまず大通りで何か食べましょうか」


 晴海の言葉に応じるように、ぐうう、と誰かの腹の虫が鳴る。

 その主の方に目をやると、平野が顔を真っ赤にして下を向いていた。

 その様子をちとせと岡が見逃さないはずがない。


「へえ、めぐっちゃん、えらい食いしん坊さんなんやなあ」

「見かけによらず大食漢、と」

「うるさい! ええ加減にせんと一発食らわせますよ!」


 顔を赤くしたまま平野は叫ぶ。

 彼女の関西弁なんて久々に聞いた。

 いや、これが初めてかもしれない。


「平野、お前関西人だったんだな」

「なんですかそれ。私が関西の人間じゃないとでも?」

「いや、俺と話すときいつも標準語だったから」

「別にいいじゃないですか。倉田さんの方こそ、兵庫県民のくせに訛ってないなんて変です」

「俺は両親が関東の人間だから別にいいの。ていうか、なんか俺にだけ当たり強くないか?」

「気のせいです」


 いや、気のせいではない。

 心なしか今日の彼女の口調はいつもの淡々としたものではなく、少しだけ荒々しかった。

 さっきちとせと岡に弄られたからだろう。

 しかしあんな風に感情を露わにしてくれたことなんて、今までで一度もなかった。

 そもそも彼女の逆鱗に触れるようなことをしないから、実際どうなのかわからないけれど、それにしたっていつもの態度にもどこか棘があるように思う。

 嫌われていないよな。


 倉田たちは敷地内の大通りと呼ばれるところで並んでいる出店を渡り歩いた。

 サークルごとに出し物が違っていて、スーパーボールすくいを出しているところもあった。 夏祭りじゃないんだぞ、と思いながらも倉田はその隣のワッフルを出している店に目をやる。


「これにしましょう。すみません、5つください」


 晴海がそう言うので、皆お金を出し合い、5人分のワッフルを購入した。

 一口食べてみたが、普通のワッフルだ。

 特段美味しいとも、不味いとも感じない。

 本当に普通。


 けれど、晴海は美味しそうにワッフルを食べていた。

 美味しいですね、と彼女が言うので、そうですね、と相槌を打つ。

 そう言われたら、美味しく感じるのはやはり単純だろうか。


 その後もたこ焼きやフライドポテトを購入し、食べ歩きをする。

 意外と美味い。

 案外大学の学園祭も、悪くない気がしてきた。

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