第28話「せっかくの休みなのだから」
食事を終えた倉田たちは、再びショッピングモールを歩く。
とはいえ特に買いたいものもなく、このままだと本当に時間を弄ぶだけで終わってしまいそうだ。
「何か買いたいものとかあります?」
「私は特に何も。ソースケさんは?」
「僕もないですね。どうしよう、このままだとブラブラ歩くだけで一日が終わっちゃう……」
じゃあ、と晴海は倉田にスマホの画面を見せた。
神戸タワーの画像だ。
「そういえば、大阪の通天閣、京都の京都タワーには行ったことあるんですけど、兵庫の神戸タワーに入ったことないんですよね。だから、今から行ってみませんか?」
「神戸タワー、ですか……」
それは別に構わないが、ただ一つ、懸念点があった。
「確か今、改修工事中だったはずなんです。だから今閉鎖されていて入れないんじゃ……」
「え……ホントだ」
晴海はわかりやすく絶句し、意気消沈した。
こういう彼女も新鮮に感じる。
とはいえ、目の前で晴海が落ち込んでいるのはあまり見たくない。
すぐに自身もスマホを取り出し、他にいい場所がないか調べてみる。
「そうですね……メリケンパーク、とかどうでしょう。近くに神戸タワーもありますし。多分タワーは入れないと思いますけどって……今神戸タワーこんなんなってるのか」
どうしました? と倉田のスマホに晴海が覗き込む。
一気に距離感が近くなった。
いい匂いもする。
正気を保つのがやっとだ。
倉田が見ていたのは、現在の神戸タワーの写真だった。
改修工事のため、タワー全体を白いカバーで覆っているのだが、夜になるとそのカバーをキャンバスとしてプロジェクションマッピングとして新しい観光の取り組みを行っているらしい。
「すごい、綺麗……」
ポツリと彼女が呟いたのを、倉田は聞き逃さなかった。
「なら行きましょう!」
「でも、夜まで待たないと……」
「それならやっぱりメリケンパークで時間潰しましょう。近くには神戸港もありますし、観光には困らない、はず、です……」
少し強引すぎた気がする。
猛省し、言葉の語気がだんだんと下がっていった。
しかしこうなってしまったからには彼女を喜ばせたい。
「それとも……他に別の場所に行きたいとか……あったりします?」
「いえ、特に……そうですね。メリケンパークにでも行きましょうか」
微笑む晴海はやはり慈愛の天使の用だった。
コクコクと倉田は言葉も発さず、ただ同意の頷きをすることしかできない。
現在地から目的地までは歩いて徒歩15分程度だ。
バスもないから徒歩で行くことになる。
こういう時に原付があればいいのに、と遠出をした時にいつも思う。
下宿先では少し離れた場所に移動する際、実家から持ってきた原付を利用している。
そうしないと遠くの街に出向くことができないからだ。
日差しはどんどん強くなっていく一方だった。
この暑さの中歩くのは中々大変だ。
「もしかして晴海さんって、あまり旅行の予定を立てない人ですか?」
「えっと……お恥ずかしながら」
赤面しながら彼女は答えた。
こういうことは普段ちとせがやってくれているらしい。
意外だ。
彼女はこういうのを面倒くさがってやりたがらないと思っていたのに。
まるでイメージが正反対だ。
「ちゃんとスケジュールを管理して、とかそんなんじゃないですよ? 行先と宿をざっくり決めて、じゃあそのためにどのルートで行こうか、くらいです。私は、大雑把な目的地だけですから」
「ああ、そうですね……」
そういえばそうだった。
今日のデートだって、三宮としか答えられていない。
案外晴海は自分が思っている以上に大雑把なのかもしれない。
そういうところも可愛いと思ってしまうくらいには随分と盲目的になってしまっているのだけれど。
歩くこと15分、予定通りメリケンパークへとやってきた。
案の定子供連れやカップルなどが多く、賑わっている。
「潮風が気持ちいいですね」
海を眺めながら晴海は言う。
この場所は海に面しているから、ほんのりと磯の香りが風に乗って鼻に届く。
海に来ることなんて滅多にないから少しテンションが上がった。
「とりあえず海洋博物館にでも行きますか?」
「そうですね。いろいろ建物もあるみたいですし。面白そうです」
倉田たちは近くにあった。神戸海洋博物館へ足を運んだ。
結論から言うと、そこまで面白い場所ではなかった。
目玉の展示である船の模型の完成度が高いなと感じる程度。
あとは特に……あまり心には残らなかった。
外観の骨組みのような恰好はカジキみたいだと思ったけれど。
博物館の中があまり印象に残らなかった理由がもう一つ。
やはり晴海は美しい。
館内は照明を抑え、幻惑なムードが漂っていた。
そのため、いつもの晴海よりも少し色っぽく見えた。
ずっと彼女のことばかり見ていたから、結局館内のことなんてほとんど覚えていない。
我ながらバカである。
しかし時間は結構経っていて、1時間は潰えていた。
案外楽しめたということだろうか。
「次はどこに行きましょうか?」
晴海はとても目が生き生きとしている。
こういう場所が好きだったりするのだろうか?
だったら、今度は水族館だったり、プラネタリウムだったり、そういう場所に連れて行ったら喜ぶのだろうか。
そう思っていた矢先、あ、と彼女は何かを見つけたように一点を見つめていた。
「あそこ……」
彼女が見つめていたのは、神戸港震災メモリアルパークという場所だ。
阪神淡路大震災の被害がそのまま残っている場所で、震災を知らない次世代へと凄惨な歴史を語り継いでいこうという趣旨があるらしい。
正直、ここの方がずっとインパクトがあった。
傾いた街灯。
ガタガタになっているブロック塀。
切り取られた一部しか見えてこないから何も言えないが、こんな光景が一面に広がっていたと考えると……ゾッとする。
「惨い光景ですね」
「仙台も、大変だったんじゃないですか?」
「そうですね……私の実家は内陸だったので被害は少なかったです。でも港町の方に向かうとそれはもう悲惨で……かれこれ10年以上前の話になるんですね」
こんな場所でこんな話をするから、空気が重たくなった。
そんなつもりなんて全くなかったのに。
確か京都でちとせと出会った時もこんな感じだった気がする。
生まれ故郷の話をするとすぐこんな雰囲気になってしまうのはどうにかした方がいい。
「今日は休日を満喫しに来たんです。とりあえずいろんなところ見て回りましょう」
「ソースケさんの言う通りですね。しんみりしても仕方ありませんし」
晴海は手を合わせると、にっこりと優しい微笑を浮かべた。
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