第79話「スイーツパラダイス」

 2月13日。


 アルバイトを終えた倉田は、JR天王寺駅の改札口に向かった。

 ここが平野との待ち合わせ場所だ。


「お待たせしました」


 集合時間の10分前、平野がやってきた。

 いつもは着ないダッフルコートとマフラーを着用している。

 心なしか可愛いと思った。


 彼女は相変わらずの仏頂面で倉田を見つめる。


「どうされました? 私の方をジロジロ見て」

「いや、何でもない。それより飯、どこがいい?」

「甘いものが食べたいです。着いてきてください」


 平野は倉田の手を取り、グイッと彼の腕を引っ張る。

 こんなところ晴海に見られたら、勘違いされてしまいそうだ。

 それだけは……嫌だな。


 訪れたのは、天王寺ミオにあるスイーツビュッフェの店だ。

 わざわざ駅で待ち合わせなくても店の前で直接待っていれば良かったのに、という疑問はさておき、倉田たちは店の中へと入っていった。

 こういうところにはあまり訪れないからとても緊張する。


「よく来るの? ここ」

「いえ、初めてです」


 何食わぬ顔で、慣れた感じを出していたから、てっきり友達と一緒に来たことがあるのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。


 そういえば、平野のことについてはほとんど知らない。

 バイト先でしか関わりがなかったため、こうして出かけるのはなんだか落ち着かない。


「4月から大学生か。早いね。うちのバイト先にやってきたの、いつだっけ」

「高2の春ですから……かれこれ2年前ですね」


 2年。

 長いようで短いような期間だ。

 平野の第一印象は「よくわからない子」で、その時から彼女はあまり表情を変えることなくアルバイトに励んでいた。

 愛想がないのを抜きにしたら、彼女はとても勤勉で、熱心に仕事を覚えようと努力していたようにも見えた。

 物覚えが言いようで、少し覚えるとあっという間に卒なくこなせるようになっていて、手のかからない新人だった。


 そんな彼女から、デートに誘われた。

 一応これはデートに入るのだろうか。

 微妙なところではあるけれど、やはりここできっちりと言葉にしなければならない。


「食べないんですか?」


 平野が問う。

 彼女の皿にはもりもりとスイーツが取り分けられていた。

 よくそんなに食べられるな、と見ているだけで胸焼けを起こしそうだ。


 ビュッフェ形式と言っても、座席はちゃんとある。

 2人は空いている席に座り、スイーツを頬張った。


「美味しいです」


 そう言う彼女だったが、頬が緩んでいる様子はない。

 きっと晴海なら、ここで満面の笑みを見せてくることだろう。


 ……平野といるのに、考えてしまうのはやはり晴海のことだった。

 別に彼女に対して嫌悪感を抱いているわけではない。

 だが、どうしても「晴海と一緒が良かった」という感情が勝ってしまう瞬間がいくつも訪れてしまう。

 晴海のことを思い浮かべる度に、平野への罪悪感が募っていった。


 やっぱり理不尽な呪いだと思う。

 今まで平野のことを見てこなかった報いなのだろうか。


「全然減ってないじゃないですか。せっかくのビュッフェなのに、もったいない」

「お前、ビュッフェの意味わかってんのか?」

「え、食べ放題って意味じゃないんですか?」

「ある意味正しいんだけど、実は若干違う。簡単に言ってしまえば、立食スタイルの食べ放題だな。でもこの店みたいに名前だけ取ってるっていうケースも珍しくない。ちなみに、食べ放題と同じ意味のバイキングだけど、外国だと通じないから気をつけた方がいいぞ」

「そうなんですね。聞いてもいないのにすごい知識量です」


 あ、と倉田は少し恥ずかしくなる。

 語りすぎてしまった。

 引かれてないだろうか。

 少なくとも相手が晴海だったら、そんなこと気にしないだろうけれど。


 それからも平野は次々とスイーツを取っては食べ、取っては食べ、を繰り返した。

 あまり大食いというイメージは今まで沸かなかったけれど、スイーツに関しては本当によく食べる。


「胃もたれとか胸焼けとかしないの?」

「はい。スイーツは別腹って言うじゃないですか」


 そういうものだろうか。

 倉田は首を傾げる。

 言わんとしていることはわからんでもないけれど、それでも限度というものがあるし、そもそもスイーツしか食べていないのだから別腹とは言わない。


 だが、手が止まらないのは事実だ。

 生クリームの甘味とスイーツの酸味が丁度いい具合にお互いを引き立てていて、無限に楽しめると脳を錯覚させる。


「明日はデートなんですか?」

「まあな。そこで告白するつもり」

「わざわざ言わなくてもいいじゃないですか」

「お前に言われたくはねえよ」


 端から見たら、自分たちはカップルだと思われているのだろうか。

 しかし実際は、今から目の前でスイーツをバクバク食べている彼女をフらなければならない。

 まだちゃんとした言葉では聞いていないけれど、おそらくそういうことなんだろうと雰囲気で察知してしまった。

 でなければ、あんな風に泣いたりはしないだろう。


「あのさ、これが終わったら──」

「今度友達と卒業旅行に行こうってなってるんです。オススメのスポットとか知りませんか?」

「いや、あんまりわかんない……」

「そうですか。適当にディズニーでもUSJでも行こうかな」


 後者はともかく、前者は大変だ。

 日帰りで行くことはほぼ不可能に等しいだろう。


 そんなことよりも。

 明らかに話題を逸らされた。

 彼女も雰囲気を察知するのが上手い。

 その後も隙を見つけてこの後のことについて話そうとしたけれど、平野は何かしら別の話題を持ってきてどうにかその話題にならないように逸らし続けた。

 それは、倉田からの言葉を聞きたくないのか、この時間を終わらせたくないのか、あるいは……。


 会話は弾んでいたけれど、空気は重かった。

 その異様な空気感に気づいているのは、倉田と平野しかいなかった。

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