第51話「波乱の予感」
前回の即売会からおよそ1ヶ月、相変わらず倉田は即売会に参加していた。
今回はオリジナルオンリーの即売会だ。
一次創作限定というのはあまり集客に繋がらないということは、前回思い知った。
けれど大阪でやっているということで、参加せざるを得なかったのだ。
「相変わらずすごい人」
「ですね」
今回倉田と晴海は同じサークルとして参加していた。
形としては、晴海が倉田のサークルに委託するという形で頒布している。
本当は自分が委託する方がよかったのだが、じゃんけんで勝ってしまったので仕方がない。 どんな形であれ、彼女と交流しながら即売会を楽しめるのはいい。
それにしても、とある一カ所にやたらと人が集まっている。
壁サークルでもないし、一体何だろう。
壁でもないのに行列ガ出来るという現象については、何も珍しくはない。
コミケではそういう光景はしょっちゅう見かけた。
だけど今回のような小さな即売会で、まるで壁サークルのような行列が並んでいるのは、少し疑問だ。
人気の二次創作のサークルならともかく、一次創作の即売会だからなおさらそう思う。
有名な絵師でも来ているのだろうか?
「すごいですね、あそこ。何かやってるんですか?」
倉田は人だかりのあるサークルを指さし、晴海に尋ねた。
「私も詳しいことはわからないんですけど、どうやら俳優さんが来ているみたいです」
「俳優?」
「ええ。なんでも昔特撮に出ていた役者さんだとか」
そりゃ人だかりができるわ、と倉田は納得した。
SNを手がかりに、倉田はその俳優について軽く調べてみた。
あまり俳優事情に明るくないので名前は知らなかったが、特撮に出ていたのは間違いないらしい。
彼の役は主人公のライバル兼相棒的なポジションで、物語においてかなり重要な役割を担っていた。
今から20年近く前の作品になるが、未だに根強い人気があるらしい。
そして、その俳優も20年前の役と同じ格好をしていた。
黒の皮のコートを高身長でガタイのいい好青年が着ているのだから、とても似合っている。 似合っているというよりオーラが違う。
20年という年月も全く感じさせないくらい若々しかった。
さすが役者だ。
「ハルさんはその番組、見たことあるんですか?」
「いえ、私はそういうのには全然興味なかったので……ソースケさんは?」
「恥ずかしながら僕も。でも、すごい人なんだなっていうのはわかりました。
彼が頒布しているのは、自身について語った自叙伝や、その番組の基にして作ったオリジナルの小説だ。
元々一人で活動していたそうだが、彼が音楽活動をするとなった際、そのサークルと出会い、今こうして一緒に活動をしているそうだ。
こうして見ると、俳優だろうと芸能人だろうと、結局は自分たちと同じ人間なのだなと思う。
それはコミケの時から思っていたことで、勝手に神だと崇めていた絵師たちも、その絵を見て楽しんでいる我々も、同じ人間なのだ。
「お疲れさん。楽しんどる?」
ちとせたちがやってきた。
岡も一緒だ。
それに、なんと平野も一緒だった。
2人はともかく、彼女がここに来るなんて珍しい。
そもそも彼女には今日ここでイベントがあるなんて伝えてなかったはずだ。
「俺が伝えたんや。こいつ、お前にどうしても伝えたいことがあるんやって」
「キャー、まさか告白?」
「違います。部外者は黙ってください」
茶化すちとせを平野は冷淡に斬り捨てた。
呆れたようなため息をついた後、彼女は鞄から1枚の紙を見せる。
「……これは?」
「見てわかりませんか? 大学合格の通知書です。私、春から倉田さんと同じ大学に通うことになりました」
「あ、ああ、そう、おめでとう……」
おめでとう、でいいのか? と倉田は首を傾げながら平野に目線を送った。
やっぱり表情は変わらない。
いつも通りの仏頂面。
「芸術科にAOで通ったんやって。イラストの勉強をしたいんやと」
「岡さんには絵のことでいろいろ教わりましたから」
「ホンマに俺がコーチで良かったんか? 俺絵は描けるけど独学やし、やっぱ専門的なところで学んだ方が」
「だから春から勉強するんですよ。岡さんもこの際にちゃんと勉強されたらどうですか?」
どうやら知らないところでいろいろ頑張っていたらしい。
この紙切れ1枚に、どれだけの努力が詰まっているのだろう。
自分もこのたったい1枚をもらったときは、それはそれは嬉しかったものだ。
おめでとうございます、と晴海も平野に賛辞を送る。
しかし平野は晴海に対しては鋭い目を向けた。
その威圧的な表情に、一瞬だけ晴海はたじろいでしまう。
「……ありがとうございます」
完全に敵対している目だった。
感謝の心など1ミリもないだろう。
もちろん晴海は平野に恨まれる覚えなど何一つとしてないから、たじろぐことしか出来なかった。
え、え、とその場で慌てふためいている。
「あの、私、あなたに何か気に障ることをしてしまったのでしょうか?」
「いえ、そういうことではありません。ちょっと嫌いな知り合いに似ていたもので。不快な思いをさせて申し訳ありません」
少し言い訳が強引ではないか。
おい、と倉田は平野に注意しようとしたが、彼女も彼女でどこか苦しそうな顔を浮かべていた。
単なる嫌悪感、というわけではなさそうだ。
「いくらなんでも失礼だぞ」
「わかっています。すみませんでした」
「いえ、いいんですよ。よほど酷い知り合いなのでしょうね」
「そういうわけでは……私の心が荒んでいるだけです」
声が重く暗く淀んでいる。
楽しい即売会のはずなのに、どうしてこうなってしまうのか。
「あーもう、やめやめ! この話は終わり! めぐっちゃん、そんな辛気くさい顔すなや!」
「めぐ? え?」
おそらく、恵美から取ってめぐっちゃん、だろう。
そんなことはどうでもいい。
ほらいくで、とちとせは恵美を引き連れて、どこかへ行ってしまった。
一瞬の出来事だったので、倉田と晴海はちとせに行き先を聞くことすら出来ず、呆然と立ち尽くす。
多分会場内にはいるだろう。
「大変やな」
岡は他人事のようにニヤニヤと笑っていた。
そう思うのならなんとか2人の仲を取り持ってほしい。
けれどこれは晴海と平野の問題だから、岡に言ったところでどうにもならないだろう。
「私、何か悪かったのでしょうか?」
「いいや? あのバカがバカやっただけなんで、なんも気にせんとってください。そしたら俺、あいつのところ行ってきますわ」
そう言って岡は2人のブースから離れた。
どっと疲れが倉田の身体に巡ってくる。
普通の即売会のはずだったのに、どうしてこうなってしまうのか。
仲良くなってほしいけれど……道のりは長そうだ。
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