夜行バスの隣の超絶美人に一目ぼれした話
結城柚月
第1章「初めての夜行バス」
第1話「初めての夜行バス」
身体を突き刺すくらい冷たい風が吹く1月の夜だった。
「寒っ」
身体を震わせながら、
明日東京で開かれる同人誌即売会に参加するため夜行バスを利用するのだ。
彼自身夜行バスを利用することはもちろん、即売会に参加することそのものが初めてだった。
地図アプリを駆使しながら慣れない土地を歩く。
一歩、一歩足を進めるごとに期待と不安が高まっていく。
なんだかRPGゲームの主人公になった気分だ。
JR大阪駅から少し歩いたところにターミナルはあった。
大きな建物だったが、これがバスターミナルだということに田舎者である彼が気付くのには時間がかかった。
「……で、どこから入るんだ? ここ」
建物は雑居ビルのようなものではなく、大企業のオフィスのような立派な建物だった。
それ故にどこが入口なのかわからない。
他に利用客がいないかと周りを見渡したが、それらしい人物はいない。
発車時刻までまだ時間はあるが、内心かなり焦っていた。
周辺をぐるぐる歩き回って大体5分が経過した頃だった。
「あ、あった。よかったあ」
ようやく入り口を見つけたと同時に倉田は安堵の息を漏らす。
中は既に多くの人で賑わっており、今から全員夜行バスを使うのか、と驚きを隠せない。
ざっと見た感じ50人はいる。
年末年始でもあるまいし、さすがに人が多すぎなのではないか。
それともこれが通常なのか。
よくわからない。
受付を済ませ、発射の時間まで待機する。
待機スペースに設置された椅子はもうほとんど占領されてしまっていた。
「さっきまで歩きっぱなしだったのにここでも立ちっぱか」
そうぼやいたところで現状に変化は出るはずもなく、仕方なく倉田は壁際にもたれてスマートフォンを眺めていた。
何か小説でも持ってくればよかったな、と思っても後の祭りだ。
何もせずに待つ30分は想像よりも長く感じた。
ふわあ、とあくびをしたタイミングでアナウンスが鳴る。
倉田の乗るバスの搭乗時間だ。
ぞろぞろと館内の人間たちが動いていく。
倉田もその群れについていった。
「1号車の方は手前、2号車の方はその奥のバスへとお進みください」
外に出ると男性係員が点呼を行っていた。
倉田は夜行バスの予約通達メールを確認する。
2号車と記載されていたので、おそるおそる奥に進む。
本当にこれで合っているだろうか。
違う号車、違う行き先だったらどうしよう。
そんな不安がぐるぐる頭の中で駆け巡っている間に、倉田は自分の座席に座っていた。
窓際の席だったが、カーテンが閉まっているため外は見えない。
とりあえず「ふう」と安堵の息を吹く。
倉田の後にも続々と乗客が乗り込んできた。
あれだけ人がいたのだからきっと知らない誰かと相席になるのだろう、なんてことを頭の片隅に置きながら倉田は再びスマートフォンを眺める。
「すみません、失礼します」
綺麗な声がしたので、倉田はスクロールの手を止めた。
隣の席に目線をやると、声の主に相応しい女性が座席に腰をかけていた。
まるでモデルやタレントのような整った顔つきの彼女は、外の冷気に堪えたのか「はあ」と両手に息を吹きかける。
ベージュのコートも彼女に似合っていた。
隣からいい匂いがする。女性らしい甘い匂いだ。
彼女に気付かれないように、倉田は嗅覚を刺激した。
やって後悔した。
まるで変態じゃないか。
「お待たせいたしました」
出発予定時刻丁度に男性運転手のアナウンスと共にバスが発車した。
発射後しばらくしてから車内の照明が全て消え、同時に「うおっ」と何も知らない倉田は驚愕のあまり変な声が小さく漏れてしまった。
「すみません」
小声で肩をすぼめながら倉田は謝った。
別に誰かに対しての謝罪ではなく、反射的に出てしまったものだ。
ちらりと隣に目を向けたが、彼女は何とも思っていないどころか、誤ったことにすら気付いていないようだった。
ほっと胸を撫で下ろす。
出発してどれくらい経っただろう。
ちらりとカーテンから外を眺めるが、大阪駅周辺に疎いので今バスがどこを走っているかわからない。
寝るか。
掛け布団代わりの毛布なんて持ってきていないが、暖房が想像以上に効いている。
上着を掛け布団代わりにしなくてもよさそうだ。
目を瞑り、睡魔を待つ。
……寝れない。
まだ11時前ということもあるが、座ったままの態勢と、揺れる車内という条件が重なり、なかなか睡魔がやってこない。
慣れない環境下に置かれているから、というのもあるだろう。
隣の美女はもうすっかり眠りに落ちていた。
車内が静寂に包まれているので、すう、すう、と彼女の寝息がハッキリと聞こえてくる。
無防備に寝ている様子も絵になっていた。
思わず倉田は窓の方を向いた。
こんなの見続けていたら正気が保てない。
心臓の鼓動はしばらく収まりそうになかった。
12時を回って少しして、バスは休憩地点である草津パーキングエリアに駐車した。
車内の照明が一気に戻る。
眩しそうに眼をこすりながら、倉田は彼女の方をもう一度一瞥した。
彼女は「ふわあ」大きなあくびをしながら、白のポーチを持って立ち上がろうとしていた。
「あっ……」
目が合ってしまった。
あくびをした瞬間を目撃されたのがどうやら恥ずかしかったようで、彼女はそそくさと逃げるように席を離れた。
「可愛かったな……」
誰にも聞かれないくらいの小さな声で倉田は呟く。
あの赤く照れた表情が頭から離れない。
あんなに可愛い人がこの世にいるのか、と自分の目を疑いたくなるほどだった。
バスが止まって5分経過した。
持参していたペットボトルの天然水が尽きてしまった。
次のサービスエリアまでおそらくまだ時間がかかる。
耐えられないことはないが、水分補給を買っておかないと車内暖房の乾燥で喉がやられてしまう。
停車時間は約20分、出発までまだ時間がある。
倉田は席を離れ、バスを出た。
車内との寒暖差が激しく、またもや身体を震わせる。
早いところ自販機で天然水でも買って座席に戻ろう。
そう思いながらサービスエリア前の自販機までやってきた。
「あっ……」
自販機の隣に、クラフトコーヒーを携えた彼女がいた。
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