第15話「京都!」
原作の聖地である京都にて即売会は開かれる。
朝8時に起きた倉田は支度をして、最寄りの駅に向かい、電車に乗った。
少し遠出をするときは原付を使うが、今回は製本を前回よりも用意しているので、バスに乗って駅まで向かった。
このバスを逃すと次にバス停まで来るのは30分後なので、それまで待ちぼうけを食らうことになる。
京都に向かうまでは、いろいろなルートがある。
王道なのは、大阪まで出て、新快速に乗っていくルートだ。
そのためにはまず天王寺まで出なければならないが、そこから環状線に乗るか、御堂筋線に乗るか、という分岐に入る。
谷町線に乗って天満橋で降り、そこから京阪で丹波橋まで乗ってまた近鉄に乗り換える、という面倒なルートもあるが、意外とこのルートも最安値とさほど値段は変わらなかった。
一番時間がかかって、かつ値段が高いのは、全て近鉄で済ませるというやり方だ。
一度奈良の橿原神宮前まで行かなければならないため、その分値段が高くついてしまう。
いずれにせよ、開場時間である11時までに間に合えばいい。
倉田は大阪阿部野橋駅で降りると、駅構内にあるコンビニに寄り、メロンパンとサンドウィッチ、そしてミネラルウォーターを購入した。
そういえばまだ朝ご飯を食べていない。
改札を出た彼は、メロンパンを頬張る。
正直こんなもので足りるはずがないが、今日のハルとの食事のために胃袋は残しておきたい。
財布の中身も万全だ。
御堂筋線の改札を通り、梅田駅まで向かう。
日曜だというのに人でいっぱいだった。
通勤ラッシュの時間だというのはなんとなく理解しているけれど、日曜でも働かなければならないのか。
そうはなりたくないな、と思いつつ、現在働いている職場が365日休みなしの店であり、自分も日曜日にシフトが入ることが珍しくないため、少しばかり同情してしまう。
電車を乗り降りするスーツ姿のサラリーマンを見て、ふと、自分の未来を想像してしまった。
自分は、果たして本当に小説家になれるのか。
この春から大学3年生になった。
そろそろ就職について考え始めなければならない。
インターンだってある。
呑気に小説ばかり書いていいのだろうか。
「ハルさんは、どうやって進路を決めたんだろう」
彼女はフリーのイラストレーターというわけではなく、一般企業に勤めているごく普通のOLだ。
同人誌を作っているのも趣味の一環だし、あくまで本業は会社員ということらしいけれど、本当は、彼女も漫画家を目指していたのではないだろうか。
そう思ったら、以前の会話も何かを隠しているようだった。
まるで自分の奥底を見られたくないような、そんな感じ。
今日の食事で、それが聞けたらいい。
もちろん無理に知る必要なんてない。
とはいえ、彼女から何か話を聞けたら、今後の参考になるかもしれないだろう。
『次は、梅田、梅田です』
女性の機械的なアナウンスが車内に響く。
あっという間に梅田だ。
普段は小説や漫画を読んで時間を潰していたのだけれど、考え事をしているだけで時間が過ぎてしまった。
電車の扉が開き、倉田は車両から降りる。
梅田の地下街は広くて複雑だから、よく「ダンジョン」と称されるが、実際のところ案内掲示板さえ見れば行きたい場所のおおよその検討くらいはつく。
それも少し慣れているか、そうでないかで大きな違いは生まれるだろうけれど。
地下から地上に出た倉田は、JRの改札を通り、新快速に乗り込んだ。
そういえば新快速に乗るのは何年ぶりだろう。
高校の時は神戸や三宮、姫路に出るときに必ずと言っていいくらい利用していたけれど、今は大きな買い物や遊びに行くときは、天王寺か難波、梅田のいずれかしかないから、新快速という選択は少しだけ新鮮味があった。
そういえば最後に乗ったのは、高校2年の時に参加したオープンキャンパスで京都に行った時だったっけ。
京都の大学も中々よかったけれど、最終的に大阪の大学にした。
特に理由なんてない。
ただ、自分と一番合ってそうと思っただけ。
「新快速って、こんな早かったっけ」
まるで新幹線に乗っているようだった。
窓の外の景色がびゅんびゅんと通り過ぎていく。
近鉄の準急や急行の比ではない。
しかしそれでも大阪から京都まで大体50分弱かかるそうだ。
思ったより近くではない。
もしこれが快速だったり普通電車だったらどのくらい時間がかかっていただろう。
考えたくはないけれど。
鞄から、家に置いてあった小説を取り出す。
この前東京に行ったときに買った本だ。
あれから少しずつ読んではいたけれど、まだ読み切れてはいなかった。
これから彼女に会う時に、感想を語れたらいいなと思っている。
京都駅に着いた。
これから市営バスに乗り、会場に向かう。
しかしどれが会場に一番近いバス停に向かうのか全く分からなかった。
案内アプリで検索し、バスを一つ一つ確認する。
「どれだよ、まったく……!」
市営バスの路線は高速バスよりも煩雑だ。
途中まで一緒だったり、あるバス停で分岐して違うルートになったり、どれがどれだかややこしい。
慣れている人間にとっては些細なことかもしれないけれど、普段バスを利用しない倉田にとっては最大の難所だ。
ようやく自分が乗るべきバスを見つけ、席に座る。
腰を下ろした瞬間、安堵の息が漏れた。
まだ何も始まっていないのに疲労感が尋常ではない。
「よかった、見つかった……」
くたびれた倉田を乗せ、バスは出発する。
道中、本当にこれは会場の最寄りのバス停まで向かうのだろうか、と不安に思ったけれど、それも杞憂に終わり、大体20分ほどでバスは目的のバス停に着いた。
ちゃんと着いた、とほっと胸を撫でおろした倉田は、料金を支払い、バスを降りる。
バス停一駅だろうが何駅だろうが、変わらず230円なのは少し驚いた。
そういうところもあるのだなあ、と思いながら倉田はキャリーバッグを転がす。
会場は、もうすぐそこだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます