第58話「告白の答え」
いろいろなところを見て回った。
一番盛り上がっていたのが講堂を使ったステージで、軽音楽部やその他有志によるライブ演奏を行っていた。
あまり音楽には興味ないが、こうして音楽ができる奴はなんだか羨ましい。
眩しいくらいのスポットライトを浴びて、黄色い歓声を受ける。
まさにこの世の頂点のような快感だろう。
だがしかし倉田自身に音楽の才能はない。
だから憧れは憧れに過ぎないのだ。
演奏ステージは講堂だけでなく、構内のいくつかに簡易ステージが設置されていた。
よほど出たいバンドが多いらしい。
音楽系の学校ではないから、珍しい現象だと思う。
「ハルさんはどんな音楽聴くんですか?」
「実を言うとあんまり音楽に詳しくないんです。作業するときも大抵無音でやりますし」
「僕も一緒です。けど、なんかこういうのってお祭りみたいで楽しいですね」
「そうですね」
今まで退屈だった学園祭が、一気に色づいて見えた。
不思議なものだ。
好きな人が隣にいるだけで、全く景色が違って見えるのだから。
夕方4時、全ての出し物を見終え、最初のバス停に戻る。
「今日は楽しかったです。誘っていただいてありがとうございました」
「いえいえ。なんもなかったからおもんなかったでしょう?」
「そんなことないですよ。みんな、いきいきとして楽しそうでした」
なぜお前が答えるんだ、と言いたげな顔で倉田は岡を睨んだ。
「それにしてもまだ時間あるけど、どないする? もうちょい残る?」
「いやー、これ以上はさすがに勘弁です。せや。よかったらこの街案内しますよ。俺運転しますし」
「ええの? ありがと」
岡の提案に、ちとせは賛同した。
晴海と平野もそれに乗じる。
「ヤス、お前ここ周辺の人間じゃないだろ?」
「バーカ、休みの日とか、授業がない時間はこうして街に出るんだよ。お前が原付で行くみたいにな」
へん、となぜか得意げに返答されたので、少々むかついた。
しかしここで言い合っても何も生まれないので、ため息をつき、倉田も岡の車の助手席に座る。
後部座席には左から晴海、ちとせ、平野、という順番になった。
晴海と平野が隣同士でないのは、ちとせなりの配慮だろう。
5人を乗せた車は市街地へと進む。
大学周辺と違い、いろんな店が並んでいた。
路上教習の時、この周辺をぐるぐる走っていたのを今でも思い出す。
「へえ。飯屋もいっぱいあるんやね」
また腹の虫が鳴った。
晴海とちとせは平野の方を向く。
彼女は、再び顔を赤くして下を向いていた。
「だって、ちとせさんがご飯のこと言うから」
「ウチのせいにせんといて。元気なお腹に言ってください」
ケラケラとちとせが笑う。
キッと平野はちとせを睨んだが、彼女は気にもとめていない様子だった。
学園祭の時といい、平野はよく食べる人間らしい。
彼女のことについて、知らないことばかりだ。
「平野、なんか食いたいもんあるか?」
ハンドルを握りながら、岡は平野に尋ねた。
「何でもいいです」
「言質は取ったからな」
何でもいい。
それは他人に判断を委ねる危険な言葉だ。
何でもいい、と言っておきながら実際はなんでも良くなかったりする場合が結構多い。
車はショッピングセンターの駐車場に入る。
おそらくここのフードコートで食事でもするつもりなのだろう。
一同は車から降り、フードコートがある4階に降りた。
「ここの蕎麦屋、蕎麦が美味いのはもちろんやけど、カツもめっちゃ美味いねん」
「カツ?」
「そう。まあ入ればわかるわ」
休日だというのに、店の中はがらんどうだった。
時間帯が夕方だった、ということも影響しているのかもしれない。
倉田たちは席に座り、お茶を一口飲む。
こういう店で出されるお茶は抹茶が効いていて美味しい。
各々注文を取っていった。
岡と平野はざる蕎麦とミニカツ丼のセット、それ以外の3人はざる蕎麦だけを注文する。
倉田もこの店は何度か訪れたことがある。
岡のいう通り、カツは出汁と卵の風味と肉の食べ応えが合わさってとても美味しかった。
しかし今日は先ほど食べ歩きをしたため、お腹はそこまで空いていない。
カツも食べてしまうと、夕食に響きそうで怖い。
注文してしばらく、蕎麦が届いた。
早速岡は麺をつゆにくぐらせて、啜る。
他のメンバーも一斉に蕎麦を食していった。
「しっかしめぐっちゃん、ホンマよく食うなあ」
「絵を描くとエネルギーを使うので、その分食べないとダメなんです」
「太らへんの?」
「全然」
「うわー、羨ましいわー」
ちとせは平野に羨望の眼差しを向けていた。
晴海も彼女に似たような目を向ける。
当の本人は、ふふん、と得意げな表情を見せていた。
いつも大人びている平野だが、やはりこういうところは年相応なのかもしれない。
平野はあっという間に蕎麦とカツ丼を平らげた。
本当によく食べるな、と思いながら倉田は蕎麦を啜る。
彼女の胃袋は、ひょっとしたらブラックホールになっているのではないか?
そんな馬鹿げた空想すら考えてしまうほど、彼女の食欲はすごかった。
食事を終えてもまだ外は明るい。
自由時間、ということで、それぞれ建物の中を散策する。
といっても倉田と晴海、そして平野がグループになって、書店の方へ向かってしまったので、岡とちとせが余ってしまった。
2人きりになると気まずい。
自由時間だし、1人で散策しよう、と思ったけれど、それを岡は許さなかった。
彼は彼女の手を握り、逃がすまいと力を強く入れる。
「痛い」
「でも手離したら逃げるでしょ?」
「それはまあ、2人きりやから気まずいし……」
「じゃあ2人きりやなかったらいいんですか?」
「そういうこと言うてへん……」
今まで気張っていた仮面が、ポロポロと剥がれ堕ちていく。
まだ答えは保留にしたまま……本当は、自分でもわかっているのに。
「そろそろ離してくれへん? さすがに痛いわ。跡になる」
「すみません」
岡は彼女の腕を離した。
掴んでいた跡が赤くなっている。
それでも、彼女は逃げなかった。
逃げずに、岡の目をじっと見つめる。
「ずっと考えとってん。アンタと付き合えたら楽しいやろうなーって」
「へえ。で、答えは出ました?」
「うん」
彼女は小さく呟き、コクリと頷く。
「ウチ、ヤスくんと付き合いたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます