最終話「それから」

 8月、倉田たちは相も変わらずコミケで出店を行っていた。


「今回は完売できるといいね。みんなが協力してくれたから」

「だな。せっかく寄稿してくれたんだから、ちゃんと結果を残したい」


 今回も同じスペースでの出店だ。

 岡やちとせ、そして平野までイラストや漫画を寄稿してくれた。

 締め切りの直前に依頼したにもかかわらず、ちゃんと間に合わせてくれたのは本当に感謝でしかない。


 開幕を告げるアナウンスが鳴った。

 あちこちから拍手が沸き起こる。


 コミケが始まると、1人、また1人と、本が売れていった。

 晴海が商業デビューをしたおかげだろうか。

 飛ぶように、とまではさすがにいかなかったけれど、それでも速いペースで本が売れていく。


「よっ、売れ行きは良さげやな」


 開幕からしばらく経たないうちに岡たちがやってきた。

 ちとせと、そしてなんと平野も一緒だ。


 平野は倉田と同じ大学にそのまま進学し、普通に分け隔てなく接してくる。

 きっと心の奥底はボロボロになっているはずなのに、それでも一緒にいようとするその神経の図太さは一体なんだ?


 以前、一度だけ尋ねたことがある。


「あのさ、その……俺、晴海さんと付き合ったんだよ」

「でしょうね」

「だから、このまま俺と一緒にいると、多分お前はすごく辛いことになると思う」

「知ったこっちゃないですよ。私思ったんです。正攻法が無理なら、邪道で行くしかないって」

「それって、どういうこと?」

「まあつまり、私があの人からあなたを奪えばすべて解決ってわけです」


 ニヤリとほくそ笑んだ平野の顔を、今後しばらく忘れることはないだろう。

 バレンタイン前日はあんなに傷ついていたのに、そんなか弱い少女の姿はどこにもなく、強かで少し傲慢めいた別の誰かに思えた。


「もちろんこのことは西条さんも了承してます」

「マジで?」

「はい。絶対渡さないので安心してください、と言われました」

「どういう神経してんだよあの人……」


 平野も平野だったが、晴海も晴海だった。

 何を安心すればいいのだろうか。

 倉田にはさっぱりわからない。

 ともかく、女同士は怖い、と感じる一面だった。


 しかし対面だと険悪な感じは一切なく、晴海からも平野の愚痴を聞かされることはほとんどない。

 彼女もこんな風に彼女と一緒にいるところを見ていて辛くないのかと思ったけれど、奪えばいいという脳筋思考に陥ってしまったのでもはや傷にもならないようだ。


「それにしても平野さん、似合ってますね、そのコスプレ」

「ありがとうございます。本当はあまり乗り気じゃなかったんですけどね。暑いし」

「何言うてんのよ。似合っとるで。やっぱウチの目に狂いはなかった」


 へへん、とちとせは得意げに鼻を鳴らす。

 彼女はいつも通りのキャラクターのコスだったが、平野のコスは同じゲーム内に登場する、和服の少女だった。

 元々が大和撫子な顔立ちをしていたため、和服衣装がよく似合う。

 平野も案外乗り気なようで、コミケではしばらくこの2人のコスプレが拝めるな、なんて考えていた。


「ヤス、お前はどっちのコスがいい?」

「もちろんちとせ」

「聞くまでもなかったな」


 岡とちとせとの関係も少しずつではあるが進展しているようで、彼が大学を卒業すればお互い一緒に暮らそうという話まで持ち上がっているらしい。

 もう大学4年だ。

 就職活動に勤しんでいるが、未だに内定はどこからももらえていない。

 岡の方は既に内定を頂いているそうなので、より焦りを加速させている。

 一応そのことは晴海にも話しており、彼女は「一緒には住みたいけれど、養おうなんてこれっぽっちも思ってませんから」と冷たく一蹴されてしまった。

 それでも応援はしてくれるみたいで、頑張れ、といつもエールをくれる。

 だから頑張らなければならない。


「あの、ソースケさんですか?」


 突然ペンネームで呼ばれたので、驚きを隠せなかった。

 声の主を探すと、自分と同じ年齢と思われる男性がスペースの前にいた。

 眼鏡が特徴的で、緊張しているのがうかがえる。


「あの、僕、前の作品読みました。すごくよかったです。また楽しみにしてます。新刊ください!」

「え、えっと、その……ありがとうございます!」


 こういう言葉をかけられて、どう反応すればいいのか全く分からなかったけれど、とにかく嬉しかった。

 じんと心に温かいものが積もる。

 今すぐ書きたい。

 このモチベーションが高まっているこの瞬間に。


「よかったじゃない。おめでとう」

「俺……小説書いててよかった」


 最初は全然読んでもらえなかった。

 感想なんて全くなかった。

 だけどこうして、読んでくれている人がいる。

 楽しみにしている、と言ってくれる人がいる。

 こんなにも、続けてよかったと思えた日はない。


「これからも書きます。自分の書きたいものも、晴海さんの物語も」

「じゃあ期待してる。これからも末永くよろしくね」

「はい!」


 その後、我に返った倉田は岡たちのに目線だけ向けた。

 彼らはニヤリと笑い、倉田をからかう。


「へえ、プロポーズやん」

「ソースケくんも大胆になったんやなあ」

「そこまで言われたらさすがに勝てないなあ」


 などといろいろ言われたので、恥ずかしくなって逃げたくなった。

 しかしそれを晴海は許すことなく、ぎゅっと服の裾を掴んで離さない。


「まあまあ、落ち着いて。私は嬉しかったので、問題なしです」

「晴海さんまで俺をからかうのはやめて……」


 しばらく倉田弄りが続いた。

 悪い気はしないけれど、勘弁してほしいというのが正直なところだ。

 だけどこういうノリはおそらくこの先もずっと続くのだろう。

 彼女といる日々に、幸せを見いだせている限りは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜行バスの隣の超絶美人に一目ぼれした話 結城柚月 @YuishiroYuzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ