第7章
第69話「会いに行く」
晴海が帰ってくる、という連絡を受けたのは、翌年の1月に入ってからだった。
『明日のお昼頃、天王寺に着くんやって。迎えにいってあげて』
なぜか晴海本人ではなく、ちとせがその情報を持っていた。
おそらく彼女が聞き出したのだろう。
晴海の口から聞きたかった、という願望を抑え、倉田はちとせからの話に耳を傾ける。
「で、そのお昼頃っていうのはいつですか? それに、JRなのか地下鉄なのかもこの情報だと不明です」
『何時に着くかはわからん。けど駅は地下鉄の方なんは確実や。それはアンタも知っとったはずやけど』
「念には念を、です。わかりました。ありがとうございます」
電話を切ろうとした倉田だったが、待って、とちとせが彼を制止する。
『あの子のこと、まだ好き?』
「い、今更何言ってるんですか!」
唐突にその話題を振られたので動揺してしまった。
ケタケタと面白がるちとせの様子が電話の向こうから聞こえてくる。
ムスッとしたが、いちいち構っていられるほどこちらも暇ではない。
こちらだって、もうガキではないのだ。
「好きですよ」
『ほう、言うようになったもんやなあ』
「本当はすごく恥ずかしいんですよ! ていうかそもそも、なんで安藤さんに言わなきゃいけないんですか!」
『ゴメンゴメン、ただの確認や。そこまで気にせんでええ』
「気にしますよ……」
倉田は肩を落とす。
告白の時、どれだけの勇気が必要だったか。
そんな簡単に自分の気持ちをもてあそばないでほしい。
だけど、ちとせが言っていることも実は理解できる。
ちとせと初めて出会って、最初はよく弄ってくる面倒くさい人だと思ったけれど、一緒に行動を共にしていくうちに、実はこの人は見た目以上に仲間思いだったり、友達思いだったりするのがわかった。
きっとこの言葉も、その気持ちが出た結果なんだと思う。
『でもまあ、ソースケくんやったら晴海を任せられるわ』
「急にどうしたんですか」
『いいや別に? ちょっと晴海のこと考えとっただけ。晴海、意外と見栄っ張りでな、ホンマは心が大丈夫じゃなかったりすんのに「大丈夫」ってよく言うから、前から少し心配やったんやけど、ソースケくんやったらそんな晴海もちゃんと救ってくれるって信じてるから』
「責任、重大ですね」
『せやで。でも、アンタは晴海を仙台まで送り届けてくれた。それだけでも立派やで。ホンマあの子のこと、気にかけてくれてありがとう。これからも支えたって』
「もちろんです」
ちとせと約束を交わし、倉田は電話を切った。
スマホを机に置いた瞬間、ずしんと彼の身体に彼女への想いが質量としてのしかかってくる。
会いたい。
秒針の針が時を刻む度、想いが強くなっていく。
そういえばあの日以来、一言も彼女と会話をしていない。
メッセージのやりとりも控えていた。
今はそっとしてあげた方がいいのかな、と考えて遠慮していたけれど……ひょっとしたら間違いだったのだろうか。
ともかく、明日はとことん彼女を元気づけたい。
そして現在、朝の10時半。
倉田は御堂筋線の天王寺駅にて彼女を待っていた。
正直、不安だ。
ちゃんと会えるかどうかもそうだが、傷心の彼女をどうやって受け止めよう。
一つ間違えば、さらに晴海の傷をえぐることになるかもしれない。
どくん、どくん、と心臓の鼓動は強まっていった。
ピコン、と連絡が入る。
ちとせからのメッセージだった。
『晴海、12時半くらいに天王寺に着くって』
だからどうして彼女が晴海の行動を把握できているのか。
その疑問をちとせにぶつけようとしたところ、追撃のようにメッセージが届く。
『一応ウチが晴海を迎えに行くことになってる。でも急用が入ったから、代わりに晴海のところに行ってくれへん?』
『まさか、ちとせさんも来るんですか?』
『そんなわけないやろ。ただの口実。ちゃんと晴海を慰めたって』
なるほど、と納得した。
どおりでやたら彼女について詳しかったわけだ。
いろいろからかってくるから鬱陶しく感じていたけれど、この時ばかりは本気でちとせに感謝した。
『ありがとうございます。頑張ります』
『健闘を祈る』
頑張れ、とエールを送るスタンプが届いた。
「頑張りますよ」
当然じゃないか、とでも言わんばかりの気持ちで倉田はスタンプに語りかけた。
晴海を幸せにしたい。
その気持ちに嘘はない。
たかが大学生ができることなんて知れているけれど、それでも精一杯をやり抜こうと思う。
それにしても、彼女が到着するまでまだ2時間近くある。
適当にネットカフェで時間を潰しておこう。
スマホで近くのネットカフェを探し、その店に向かった。
途中、USBメモリを購入し、ネットカフェで会員証を作り、しばらく時間を潰した。
とりあえず小説の執筆をしておこう。
データはUSBに移せばいい。
黙々と作業を続けていると、あっという間に彼女が戻ってくるであろう時間の少し前になった。
倉田は店を出て、再び駅に戻る。
2時間なんて結構長い時間かと思ったけれど、案外あっという間だった。
往来の邪魔にならないよう、倉田は柱に寄り添って彼女の到着を待つ。
本当に会えるのか、という不安は考えないことにした。
晴海を疑いたくなんかなかった。
「来た」
信じてよかった、と倉田はほっと胸を撫でおろす。
待つこと10分、晴海の姿が見えた。
晴海も倉田のことに気が付いたようで、ピタリと足を止め、目を丸くする。
「えっと……一応ハルさんは喪中だから……新年、よろしくお願いします、でいいのかな」
改札を抜けた彼女は、ゆっくりと、倉田の方へ歩み寄る。
信じられない、と言った具合に、口をパクパクとさせていた。
「ソースケ、さん……」
倉田が先ほどちとせから伝えられた言い訳を言おうとしたところ、晴海の目からボロボロと大粒の涙が零れ落ちていく。
やがて彼女は膝から崩れ落ち、わんわんと子供のように泣き出した。
いきなり泣き出すものだから、どうしたのかと心配になり、倉田も膝を曲げる。
すると、晴海は倉田の肩に腕を回し、ぎゅっと抱擁をした。
もう大丈夫だから。
そう言い聞かせるように、倉田は晴海の頭を撫でる。
しばらく、そんな時間が続いた。
涙はまだ止みそうにない。
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