第30話「羨ましい、妬ましい」

 連休中でもアルバイトはある。

 特に休みの日は平日よりも利用客が多い。


「で、その人とデート行けたんか?」

「行けた」


 休憩時間、倉田は岡に尋ねられ、気にしない素振りで返答した。

 本当は「デート」という単語だけで動揺しかけているのだけれど、いちいち気にしてなどいられない。

 岡は、ふうん、とつまらなさそうに相槌を打つ。


「日帰り?」

「そうだけど」

「なんで?」

「なんでって……逆になんで?」

「いや……なんでホテル行かんの?」」

「はあ?」


 飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。

 いきなり何を言い出すんだコイツは。


「……行くわけないだろ、まだ出会って間もないのに」

「間もない言うてももう出会って4ヶ月くらいやったっけ? ならベッドインしても問題ないやろ。ここで既成事実作って逃げられへんように」

「お前何言ってんだよ! そ、そんな外道みたいな……」


 絶句する倉田を軽くあしらうように、岡は高らかに笑った。


「冗談に決まっとるやろ。何本気にしとんねん」

「いや、冗談でも言っていいことと悪いことくらいわかるだろ」


 わかるかボケ、と言い放ちたくなった。

 彼の冗談は時折冗談と思えない。

 それは言っている内容が、ではなく彼の話し方が冗談のような感じではないように聞こえるからだ。

 冗談だろうな、と軽く聞き流していたら、実は本気で言っていた、ということも珍しくない。


 2人で談笑をしていると、平野が休憩室に入ってきた。


「お疲れ様です。随分と楽しそうですね」

「おう、お疲れ。今こいつの初デートの話しよってん」

「ほう、デート、ですか?」」

「あ……はい」


 なぜか平野に対して、倉田は委縮してしまった。

 相変わらずの無表情な声と顔は、何を考えているのか掴ませてくれない。


 彼女は表情一つ変えることなく倉田の隣に座り、スマホをいじくる。


「楽しかったですか?」

「え?」

「だからデート、さぞかし楽しかったんでしょう?」

「えっと……」


 岡はともかく、どうして彼女にまで詰め寄られなければならないのか。

 面白がる岡と対照的に、平野は不愛想な顔のままスマホを眺め続けるる。

 倉田の方に振り向きすらしない。

 興味があるのかないのか、さぞかし疑問だ。


「そりゃまあ、楽しかったですよ?」

「ふうん」

「ふうんって……聞いておいてそれはないだろ」

「別に。まあ、想像通りの答えだったので」

「なんか、俺に対して当たりキツくない?」


 そうでしょうか、と「淡々とした様子で平野は答えた。

 ここで首をかしげる仕草でもしてくれたら可愛げがあっていいのに、なんて文句は絶対に言ってやらない。

 言ったところで「なんですか急に」と軽くあしらわれて終わりだろう。


 ひょっとしたら彼女は俺のことが嫌いなのでは? という疑念が倉田の中で芽生え始める。

 こんなに冷たい態度を取るのは、そういう理由があるからかもしれない。

 そっかあ、と自分で答えを出した倉田は、しょんぼりと肩を下げて休憩室を出ようとする。


 ドアノブに手を触れたタイミングで、岡が倉田に尋ねた。


「あ、せや。倉田、お前次の即売会って再来週よな?」

「え? うん。インテックス大阪。それがどうしたの?」

「俺……行こっかな」

「マジで言ってる?」


 今まで彼が即売会に来たことなんて全くなかったから、頭が混乱している。

 どういう風の吹き回しだ?

 まさか、ここでいじるだけで飽き足らず、現地でも罵ろうとしているのではないだろうか?


「俺も即売会行ってみたいし。コミケの前練習やと思って」

「あっそ……まあ、今回新刊はないから、期待すんなよ」


 それだけ言って、彼は売り場へと戻っていった。

 一人いなくなった休憩室で、今度は平野に目線を移す。


「で、ホンマはどう思ってんの?」

「どう、とはどういうことですか?」

「倉田の初デート。内心あんまええ気分ちゃうかったやろ?」


 ニヤリと挑発するように岡は笑った。

 平野は彼を一瞥したのち、再びスマホに目を向ける。


「さっき倉田さんんに言った通りですよ。それ以外の感情なんて」

「嘘やな。ホンマは不安で不安でしゃーないって顔しとる。恋敵が出てきて焦っとんな」


 何も言い返さなかった。

 何も言い返せなかった。

 だって、彼が言っていることは本当のことだから。


 岡に言い当てられてた悔しさを隠すように下唇を噛む。

 そんな彼女に追撃するように岡は言葉を浴びせていった。


「はよせな泥棒猫に盗られるでな。ま、そもそもその猫がおらんくても多分アンタに賞賛はなかったやろうけど」


 その発言で平野はギロリと血走った眼を向け、バン! と机を叩いた。

 だが岡は激昂する彼女に臆することなく、相変わらず嫌味な笑みを浮かべる。


「……部外者が余計な口挟まんといてください。大体、アンタに私の何がわかるんですか。ただのバイトの繋がりでしかないのに」

「そうやな。ちょっと調子乗っとったわ。すまんな、忘れてくれ」


 それだけ言うと岡は立ち上がり、部屋を出る。

 ドアノブを開け、一歩外に出て、彼はピタリと足を止めた。


「アイツ、再来週の即売会行くってさ。アンタも来るか?」

「……遠慮しておきます。受験勉強で忙しいので」

「ほーん、そうは見えへんけどな」

「これでも今やってるんです」


 苛立ちの籠った声を軽くいなすように、岡はケラケラと笑った。

 そういうとこやで、と捨て台詞にも思える言葉を残し、岡は売り場に戻る。

 一人になった休憩室で、平野は額を机に突っ伏し、はあ、と重たい息を漏らした。


「アイツ……ホントムカつく」


 彼女が手に持っていたスマホには「躍動感の生み出し方」という検索結果のウェブページが開かれていた。

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