第44話「一緒に回りたい」
開幕から1時間近くが経ち、本も数冊売れた。
「俺、ハルさんのところ行ってくる」
「オッケー。サークルは任せとけ」
岡に送り出され、倉田は彼女のサークルに向かう。
彼女はそう遠く離れていないところにいた。
「うわ、すごい人……」
彼女のサークルの前は、自分たちのところよりも賑わっていた。
「お、ソースケくんや! こっちこっち!」
コスプレ姿をしたちとせが倉田を見て手招く。
行き交う人たちは皆彼女のクオリティの高いコスプレに釘付けになっていた。
写真でもそのクオリティはわかっていたけれど、実際に見るとやっぱりクオリティが高い。
細部まで再現されている。
体づくりや衣装づくり、相当頑張ったんだろう。
ちとせの隣に晴海もいた。
彼女はこの喧騒にちょっと疲れた表情を見せている。
「新刊、買いに来ました。人、多いですね」
「ありがとうございます。そうですね。ちとせのコスプレ様々です。すごいクオリティですもんね。2次元の世界から本当に飛び出してきたみたい」
彼女のいう通りだ。
ちとせのコスプレは本当にそのキャラ本人なのではと疑ってしまう。
それは彼女のクオリティが高いのもそうだが、彼女がそのキャラになりきっている、というのも大きいだろう。
ちとせが演じるキャラは、割と自由奔放なところがある。
あくまでも二次創作でよく見る設定だから、実際にどうなのかは知らない。
けれど人をからかうところだったり、人を誑かすような表情を見せたり、かと思えば可愛らしく愛想を振りまいたり。
そういう掴みどころがないところも、ちとせと似ている。
彼女の存在そのものが、元のキャラクターと類似しているところがあって、だから実在性が高いのだろう。
そんなことを考えていたら、ちとせが倉田たちのところにやってきた。
「すごい衣装ですね。全部手作りですか?」
「ちゃうよ。知り合いにコス衣装作れる子おるから頼んだんや。まあそういう意味やったら手作りかな」
「すっげ……」
当たらずとも遠からず。
この時期になるとSNSでコスプレの画像がよく流れてくる。
その中には「よくこんなの思いついたよな」というネタのようなものから、ちとせのようにクオリティの高いものまで千差万別だ。
ここまでやるには並々ならぬ情熱がないとできないだろう。
「あ、せや。新刊やろ? はい、500円ね」
「あ、ありがとうございます……」
ポン、と彼女に新刊を手渡されたので、代わりに500円玉を財布から取り出し、しとせに渡した。
本当ならその相手は晴海であってほしかったけれど、仕方ない。
「もう、勝手に進めないで」
呆れた様子の晴海だったが、特にちとせを責める様子もなく、やれやれ、といった具合で彼女のことを見ていた。
「晴海、ソースケくんといろいろ見て回ったら?」
「え? でもソースケさんに悪いし……」
「構へん構へん。なあ?」
唐突にちとせに促されたので、首肯せざるを得なかった。
強引に頷いてしまったが、晴海と一緒に入れるのなら、願ったり叶ったりだ。
「でも、サークルが……」
「そんなんウチがおるから大丈夫やって。ほら、行ってき。それともソースケくんと一緒なんは嫌なん?」
「そんなんじゃない! けど……」
しばらく回答を渋っていた晴海だったが、顔を曇らせて息をつく。
「わかりました。ちとせがそこまで言うなら、ちょっと出ていきます。行きましょう、ソースケさん」
「え、あの……はい」
先ほどよりも明らかに不機嫌そうだった。
まさかちとせの言っていた通り、自分と一緒に回るのは嫌だったのだろうか。
それとも、サークルをちとせに一任するのをよしとしないのだろうか。
とりあえず倉田は晴海に付いて行くことにする。
彼女はぐるりと東館の中を散策し、気になる本がないかをチェックしていた。
ルートは既に決めていたようで、行動に無駄がない。
そんなことはいい。
「あの」
倉田は意を決し、晴海に問いかける。
「嫌でしたか? 僕と一緒だと」
「違うんです! ソースケさんと一緒なのは全然構わないんですけど、なんというか、その……こういうのは人の趣味嗜好が顕著に出ますし、少し恥ずかしいと言いますか……それに、多分一人で回った方が楽に回れます。会場は人でごった返してますから」
「なるほど……」
前者はともかく、後者の理由には納得だった。
そういえば以前別の即売会で参加した時も、買う時はいつも一人だった。
それは自分や晴海だけでなく、思い返せば、他の一般参加者も同じだった。
グループで来て、ワイワイガヤガヤする場面は見るけれど、それがサークルの待機列だったことは一度もない気がする。
2人で列を成していると、他の人に迷惑をかけかねない。
晴海はそれを危惧していたのだろう。
ともかく、嫌われてなくてよかった。
ホッと胸を撫でおろし、優しく彼女に微笑みかける。
「周囲にさえ気を付けていれば大丈夫だと思います。僕は、ハルさんと一緒にコミケを見て回りたい」
自分で言って恥ずかしくなった。
すぐに顔が真っ赤になり、目を背けてしまう。
彼女も少し俯いて、倉田の方を見てニッコリと笑った。
「私も、同じです……」
恥ずかしそうに倉田は答える。
そのもじもじした様子が新鮮で、心臓がバクバクと早く脈打つのがわかった。
可愛い。
その一言に尽きる。
手を繋いだ方がいいのか、と思ったが、こんな雑踏の中、さらに各々行先もバラバラだと逆に邪魔になってしまうだろう。
だから手は繋がなかった。
繋げなかった。
こんな往来の多い場所で、堂々とアピールするなようなことなんてできない。
2人はそれぞれ買いたいものを買いながら館内を散策していった。
東館を出て、西館、南館へと歩いていく。
今までの即売会よりも明らかに違う。
熱量も規模も、何もかも。
紙袋に戦利品を詰め込む人。
コスプレ姿で他のコスプレイヤーの写真を撮る人。
仲間たちと楽しそうに談義する人。
様々な人がいる。
コミケってすごいですね。なんというか、こう……言葉で言い表すのがすごく難しいけど……とにかくすごいですね!」
自分の語彙力のなさが情けなくなる。
彼女はクスリと微笑んで、倉田の言葉に頷いた。
「私も同じ気持ちです。言葉で表すのは難しいけど……全国にはこれだけ多くの仲間がいるんだなあって思うと、とても嬉しくて」
「それ、わかります。やっぱ、コミケっていいよなあ……」
感慨深くなってしまった。
コミケに参加できてよかった。
多分冬も、その次の夏も、きっと足を運ぶだろう。
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