第59話「カップル成立」
キュッと、彼女は岡の長袖の裾を掴んだ。
いつもの快活な顔ではなく、顔を赤らめ、目を潤わせ、乙女のような表情を向ける。
「ウチもな、ヤスくんの存在が、どんどんおっきくなっててん。気づかんうちにヤスくんのこと、好きになってた。こんな気持ちにさせたんやから、責任取ってや」
「当たり前やないですか。せやないと、ちとせさんに告白した意味がない」
そういうところを堂々と言い切ってしまう辺り、自分は彼に一生敵わないのだろう。
キザな奴め、と心の中で吐き捨てる。
代わりの言葉を用意した。
「ようそんな恥ずかしい言葉平気で言えるな」
「ちとせさんのこと思たら、恥ずかしいことなんかないですよ」
「ホンマ、そういうところやで……」
また彼女は顔を赤らめて、岡から目を逸らしてしまった。
けれど嫌な気分にはならない。
それはきっと、彼との相性がいいから……我ながら末期だな、とちとせは悟った。
「アンタのそういうところ、嫌いやないよ」
「それはよかった。実は今心臓バクバクやから、これで嫌われたらどないしよう思ってたんよ」
「嘘や」
「嘘やないよ。告白すんのに怖ない人なんかおらんって」
ケロリと岡は笑った。
やはり緊張しているようには見えない。
なら心臓に耳を当てて鼓動が早くなっているのか確認してやろうか、と思い立ったが、やめた。
ここでは普通に人の往来がある。
だからこんな場面を誰かに見られたら、恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
でも、2人きりなら……。
あの告白の時から思っていたけれど、自分は恋愛に関して、あまりにも弱い。
他人の恋愛話には茶々を入れられるのに、いざ当事者になると紙装甲になってしまう。
こんなにも恋愛クソザコだったなんて、思ってもいなかった。
「ありがとう、ウチのこと好きになってくれて」
「どないしたんですかいきなり」
「ううん、言いたくなっただけ」
ちとせは岡の手を握り、グイッと彼の手を引っ張る。
「ほら、せっかくやしいろいろ見て回ろ! 恋人同士になって初めてのデートなんやから」
「……そうですね。一緒に行きましょう」
手を繋ぎながら、2人は様々な売り場を見て回った。
とはいえ田舎の小さなショッピングセンターなので、売り場も少なく、売っているものも珍しいものなんてない。
それでも、こうして2人でいる時間が、何よりも愛おしく思えた。
この胸の高鳴りは、小学生の時に感じた以来……いや、あの時よりももっと高純度で、キラキラと輝いている。
初めてだ、こんな感情になったのは。
専門時代、何人かの男と付き合ったことがある。
だけど、いずれも長続きせず、人間的な相性も良くなかった。
向こうから告白されて、何も考えずにOKを出していたことにも問題があるのかもしれない。
けど……彼と一緒にいると、不思議と心が安らぐ。
告白されたのには戸惑いを隠せなかったが、他の男たちとは違う、相性の良さを感じた。
本能、というやつだろうか。
自由時間も終わり、集合場所である駐車場に戻った。
「ほなぼちぼち帰ろか。とりあえず俺が送っていくから。倉田は自力で帰れ」
「いや、どうやって」
「そんなもん歩きに決まってるやないか」
「どう考えても無理だろ」
「ははは、冗談や」
まったく、酷いことを言う。
しかしそれを抜きにしても、ここ場所から家に一番近いのは自分だ。
だから、一番先にみんなと別れなければならなくなる。
これでは、晴海を家に誘うことは難しそうだ。
次に会えるのは、年末になるだろうか。
それまでになんとか、関係を深めたいが……。
運転する岡の隣で、倉田は頭を垂れた。
「どないしたん? 元気なさそうやな」
「いいや、何でもない。ただ、楽しい時間って、あっという間に終わるんだなって」
「……せやな。またみんなでいろんなところ行こうな。もちろん即売会にだって」
おう、と倉田は返事をした。
後ろの3人は歩き疲れたのか、スヤスヤと眠っている。
さっきの会話を聞かれなくて良かった、とほんの少しだけホッとした。
聞かれたら多分、恥ずかしくて死ぬ。
「ほれ、着いたぞ」
倉田の下宿先の駐車場に岡は車を停めた。
ここに来るまでとても狭い道を通らなければならなかったが、岡は難なく通っていた。
ひょっとしたら彼は運転が上手いのかもしれない、とこの時初めて思った。
ドアを開けると同時に、後部座席に座っている晴海が目を覚ます。
「あれ、ソースケさん、もう帰るんですか?」
「ここが僕の家なので。お先に失礼します」
寝ぼけているのか、ぽやぽやとした顔で、ぽやぽやとした受け答えしか出来ていない。
そんな彼女も可愛いなと思いつつ、倉田は彼女に手を振った。
「今日は楽しかったです。またどこか行きましょう」
「はーい、お疲れ様でーす」
ドアが閉まり、車が発進する。
倉田は岡たちを見送りながら、その場にしゃがみ込んだ。
「なんだあれ、可愛すぎるだろ……!」
去り際の彼女は、今まで一番彼女らしくなかった。
子供のような笑顔で、天真爛漫の眩しさを放った晴海の輝きは、倉田の胸に強く突き刺さった。
もし付き合うことが出来たら、あんな彼女に耐えられるだろうか。
ひょっとしたら尊さで自我を保てないかもしれない。
そんな馬鹿げたことを考えてしまうくらい、彼女の笑顔には破壊力があった。
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