第35話知らないまま(2)
砂時計の、減っていく砂のようだった。
じっとりと湿度の高い気温とは反対のような、理歩の爽やかに響く声。クラスマッチの打ち上げの話、テスト勉強の話、夏休みの予定の話。一つ一つがさらさらと音を立てて、上に溜まった砂が下へと零れ落ちていく。
私は後、どれくらい理歩の隣にいれる、と言えるのだろう。
効きすぎた冷房のせいなのか、脳に浮かぶ未来への恐怖なのか、鳥肌が立つ。二の腕を擦りながら、電車の窓から流れていく景色を眺める。変わらないこの景色も、実は日々変わっていたりするのかな。
「愛花、寒い?」
そう言って、理歩の手が私の手に触れる。私よりも少しだけ暖かい指先が、私の指に絡んで、その感触が見た夢の感触にそっくりで息が詰まる。冷たいね、と言って、理歩の手がぎゅっと私の手を掴んで、冷房を遮るように、理歩が一歩私に近づく。影がかかって少しだけ暗くなって、息を吐いたら理歩に当たってしまいそうで。その距離が、夢のそれとよく似ていて。頭がショートしそう。
理歩の手を握り返して、そっと理歩の肩に頭を乗せる。薄いシャツの質感と、肌の柔らかさ。頭上で、小さく驚く理歩の声、電車の揺れる音。ぎゅっと硬く目を瞑る。心臓が耳のそばで鳴っているみたいに、心音が大きく響く。急速に血液が流れて、どんどんと握った手が暖かくなっていく。
ダメなのになぁ。離れていく距離に、いつもこうなってしまう。離れたくない気持ちが、何度も湧き上がる。何度押さえつけても、全然私は言うことを聞かない。
「だ、大丈夫? 愛花」
「……もうちょっとだけ」
全然、大丈夫じゃないよ。もう溢れ出してしまいそうなの。離れないでって言ってしまいそうで、抱きしめたくて、あの子みたいに、キスしたい。
『まもなく――――』
ゆっくりと目を開ける。理歩の体が視界いっぱいいにある。理歩の手の感触、肩の柔らかさと、骨の硬さ。きっと、忘れられないものになる。
どうか、溢れてしまいませんように、どうか知られませんように。
「ごめん、風よけにしちゃった」
「ぜ、全然、私でよければ」
電車はゆっくりと速度を落としていく。同じ温度にまでなってしまった理歩の手を離して、一歩下がる。いつも通りの距離、いつも通りのアナウンス音、いつも通りの到着時刻。
どうか、知らないままでいてほしい。
知られて劇的に変わってしまうくらいなら、何度だって私は頑張るから。いつもどおりの足取りで、いつもの道を歩いていく。蒸し暑い外の空気に、私の中の熱を吐き出す。
「愛花」
「んー?」
「夏休み、どこか遊びいけないかな」
「……。 あー……理歩どこか行きたいところあるのー?」
「行きたいところ、行きたいところ……」
街灯に照らされた理歩の横顔。あとどれくらい見ていられるか分からない横顔。
「行きたいところ、探しておくから」
理歩をこちらを向いて、その表情が思いのほか真剣だった。あの子の話を楽し気にしていたくせに。
離れては近づく、ずるい距離。ずるいのは、きっと私も同じかもしれないけれど。
「バイトない日、後で連絡するね」
「……うん」
ほっとしたような表情。理歩も、少しずつ離れていく距離に寂しくなってくれていたりするのかな。でも、それは友愛や親愛で、恋愛ではないよね。同じ方向を向けていないのなら、一瞬交わったとて、その後は結局離れていくだけ。
期待することはやめなきゃ。このまま、何も知られないまま、知らないまま。
きっとそれが、一番の正解。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます