普通の女の子

里王会 糸

プロローグ

第1話秋田優(1)


 私、秋田優の周りからの評価は、多分普通や平均、当たり障りのないという辺りで落ち着くのだと思う。そしてそれを、私は大層気に入っていた。普通は、多分一番面倒ごとから遠いから。


 入学初日。いつもより少しだけ入念に前髪を整えて、まだ折り目が眩しい新品の制服を着て家を出る。靴は当たり障りなく、新しいローファーにした。


 新たな環境に第一に考えることといえば、面倒ごとには巻き込まれたくない、ということで。例えばくだらないいじめとか、クラスのカースト制度とか、恋愛事情とか、そういうことに失敗しないようにしなくてはというのが、第一優先事項。


「あ、おはよう優」

「おはよー沙耶」


 最寄り駅で待ち合わせて、改札を通り抜ける。沙耶は小学校からの友達で、私の嫌いな先生や、兄の恋人まで知っている存在。通学しやすい、制服がダサくない、そして仲のいい友人がいる。高校を決めるポイントはそれくらいなものでいいよね。


 電車に揺られること四駅、あまり降りたことのない駅名のアナウンスで電車を降りると、同じ電車から同じ制服が大勢降りてくる。垢ぬけた感じや、きょろきょろと辺りを見回す人で、ぼんやりと同級生か上級生かの予想を立てる。


 この中に、同じクラスになる人はいるのかな。


「あー、違うクラスだったらどうしよう……」

「七クラスもあるからなぁ」

「七分の一ってどれくらいの確率?」

「え、計算違くない?」


 的葉高等学校入学式、と大きく掲げられた看板の隣には、いかにも体育教師ですって感じの人が立っていて、体育教師らしい勢いで何やら生徒を注意している。


 ふわりと巻かれた栗色の髪の毛に、その雰囲気をさらに盛り上げるような垂れた目尻。近づいたらバニラの匂いとかしそう。その可愛らしい見た目は、入学式にしてはすこしやりすぎていて、体育教師の目をさぞ引くだろう。怒られているのに、反省の色が見えないのもまた手ごわい。


 そんな光景を横目に正門を過ぎれば、校舎前に張り出されたクラス分けと思われる紙の前に多くの人だかりができていた。思わず沙耶の腕をつかむ。何分の一の確率とか分からないけど、どうか同じクラスでありますように。これはいわゆるクラス内の人間関係形成に大きな影響をあたえる要素なので、なにとぞ。


「一組じゃなさそうだね。見つけた?」

「二組にもいない」

「次は三組……あ、秋田優、あるよ」

「え、沙耶は?」

「んー、あ、中村沙耶だって」

「よっしゃ!」

「合格発表か」


 思わず繋いでいた手を振り上げると、沙耶に苦笑された。沙耶は自然体そのままで人といい関係が築ける才能があるから、私の苦労はわからないんだよ。まぁでも、そこが沙耶の好きなところなわけだけれど。


「はぁ」


 大きなため息が聞こえて思わず視線を向けると、さっき体育教師に怒られていた生徒が少しだけ肩を丸めて立っていた。流石に朝から説教は疲れるだろうけど、自業自得とも言える。横目に覗いた横顔は、入学式に目立つ格好をするのも許されるのでないかと思うほどに整っていて、横顔だけで可愛いとか分かるんだな、なんてぼんやりと思う。


 普通とは遠い存在。だからこそ、同じクラスじゃないといいな、と思いながらその場から離れた。

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