第53話中途半端だね(3)
あれから更に、家の雰囲気は悪くなった。一日帰らなかったことをパパは何も言ってこなかったけれど、その代わりそのほかの言葉を投げかけるのもやめてしまったらしかった。夜ご飯を作る手は止まり、最近では冷凍食品やコンビニのご飯ばかりを食べている。
そんな中、学校の空気も文化祭一色になった。盛り上がる出し物の話し合いに、浮足立つ教室の空気。その中に一つ、ため息を沈める。コスプレカフェ、なんていう出し物はどう楽しむものなんだろう。もう、どうだっていいけれど。イベントごとに全力のクラスに、私だけが異物のような心地になる。
スーツに、メイド服に、白衣、次々吐き出される単語に、寝不足も相まって机に突っ伏す。あとどれくらいで、この時間は終わるかな。別にどれでもいいし、言われたことなら手伝うし。ただ早く、この空気と音の中から抜け出したかった。
「愛花ちゃーん、起きてー」
「……」
「そんなあからさまだとまた女の子たちに陰口言われるよ」
「……知ってたんだ」
「そりゃね」
顔の向きだけを変えて、彼を見つめる。夏休みを経て、少し焼けた肌が目立つ。少しだけ考えて、ゆっくりと体を起こす。どちらがより面倒かを考えて天秤にかけた結果、ほんの少しだけ、今を我慢した方がいいという決断に傾いた。
「結構大々的だよねー、ミスコンとかもあるんだって。 愛花ちゃん出てほしいな」
「……出たらそれこそ、すごいことになっちゃうでしょ?」
「ははは、嫉妬と羨望を独り占めだ」
「うえー」
ますます憂鬱になっていく。文化祭当日は休んでバイトにでも行っちゃおうかな。最近の私の放課後の癒しスポット。色んな事を忘れて没頭出来るし、空いた時間に店長に教えてもらうコーヒーの淹れ方や料理のレシピだけが私を癒してくれる。
「最近ずっと元気ないし、どうせなら楽しまない?」
「楽しみたくない訳じゃないんだけど」
いろいろなものが背中にずっしりと伸し掛かっていて、そんな気分になれないだけで。そうやって会話をしている間にも、教室は盛り上がりを更に強めていく。それがどんどん、背中にのしかかり、耳に張り付いていく。
「じゃぁ、出し物はコスプレカフェで! これから準備とかあるんだけど、予定がない人は参加お願いしまーす」
ホームルームの時間をたっぷりと使って、ようやく出し物が決まった。チャイムが鳴って、号令が響く。ようやく解放されて、息を吐き出す。早く文化祭も終わらないかな。テスト期間の方が静かでやることもあってマシかも。放課後、バイトを増やしてもらえないか店長に相談してみようかな。
「愛花ちゃん」
「んー?」
「マジでさ、なんか出来ることあったら俺に言ってよ」
いつも通りの笑みで、けれどどこか少しだけ真剣な声色で彼が言う。心配してくれているのは、私だって分かってる。でも、
利用してもいいって?
いい訳ないよ。だって、それこそ本当にパパの言っていることに反論できなくなっちゃうから。そんなの悔しくて情けなくて、絶対に嫌なの。
「大丈夫」
「……大丈夫じゃない大丈夫なんだけどなぁ」
「それでも、雄一郎君には頼れないよ」
「じゃぁさ、愛花ちゃんが想ってる人でもいいよ。 助けてもらいなよ」
理歩に?
確かにほんの少しだけ事情は話したし、夏休みにも何度か会ったけれど。また頼っちゃうわけには。そんなの、中学校の頃と何も変われてない。
「って、いい加減掃除しなきゃだ」
切り上げるように彼は言って、素早く立ち上がる。待っていたら私がまた否定しちゃうかもしれないからそうしたのかもしれないし。単純に思い出しただけかもしれない。どっちかなんてわからないけれど。
「そうだね」
とりあえず今は、もう少しだけ一人で頑張っていかなきゃ。
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