第57話そして零れ落ちる(1)
正門には仰々しく的葉高等学校文化祭と書かれた大きな看板が立てられている。入ると、校舎にも同様の弾幕がかかっていて、その色鮮やかな色彩に目を細める。この憂鬱な日々の一つが今日で解消されるのだと言い聞かせて、校舎に入る。
いつもの時間帯のはずなのに、いつもよりずっと騒がしい。直前の準備で皆早く来ているみたい。靴を履き替えて、教室に向かう。
「あ、愛花ちゃんだ」
「はい?」
「俺二年の国友っていうんだけど、愛花ちゃんって七組だったよね。 遊び行っていい?」
本当に顔も声も覚えがない。別に文化祭なんだし、自由に来たらいいのに。っていうか、なんで名前知られちゃってるのかなぁ。学校という場所は、プライバシーに対して意識が低すぎると思う。
「まぁ、席が空いてれば案内するんじゃないですかね」
「じゃぁ行くから案内してね」
手を振ってどこかに行ってしまったのを見届けて、思い切りため息を吐く。今から回れ右をして帰ってしまおうか。それとも体調が芳しくないといって保健室にでもこもっていようか。
でも、理歩との約束はあるし。
なんとかその約束だけで足を動かしていく。十三時迄は適当に隠れて、理歩のクラスだけちょっと覗いて、後は理歩だけ教室で待っていよう。そうして今日が終わったら、学校はしばらくは安心の場所になるはず。
教室に入ると、机には花柄や水玉のテーブルクロスが既にかけられていた。机四つを一セットにしたテーブルが八個。自分の机がどれかはぱっと見では分からない。私が手伝った輪飾りも窓に既に装飾されている。一般公開まで後一時間以上あるのに、半分程の人が既にコスチュームを身に着けている。
ぱっと見、もう手伝うことなんてなさそう。一応、朝のホームルームはあるんだっけ。適当に何処かの席にでも座ってていいかな。
「おはよ、愛花ちゃん」
「おはよー」
「愛花ちゃん午前当番じゃないでしょ?」
「何、突然」
「俺と回らない?」
話を聞きながら窓際の席に座る。誰の椅子か分からないけれど、他に座る場所もないし仕方ないよね。
「朝、あの子達と当番なんじゃないの?」
「めちゃくちゃごねて愛花ちゃんと同じところにしてもらった」
「うげー……」
「あっはは」
そんなの絶対、波風を立ててしまう。巻き込まれるのは嫌にきまっているでしょう? それに対して笑っているってことは、全部わかっててしているんだろうけれど。ますます体が重く感じる。その上文化祭を一緒に回ったら、どんな噂が立つかもわからないし。
「俺はそうしたかったからさ、ごめんね」
「……分かったうえでしてるなら、謝らなくていいよ。 別に雄一郎君が悪い訳じゃないんだし」
「んー……でもそれで愛花ちゃんに迷惑かけるのも事実だし」
「だからって、言うの我慢するのは俺の信条に反するからさ。 だから、ごめん」
そういうところは頑固なのかもしれない。でもまっすぐに自分の気持ちに向き合えるのは、私とは正反対で、だからこそ眩しさのようなものを感じてしまう。だから、ため息一つでひとまずそこに関しては終わりにしちゃおうと思う。
「まぁ、回らないけど」
「俺と、他に二人もいるけど、それでもダメ?」
複数人なら、変な噂も立たないだろうって?
そもそも、回ること自体があまり乗り気じゃないからなぁ。理歩のところに行ければ、後はどうだっていいし。とはいえ、問題はどうやって自然に理歩のクラスに行けるかで、現状は一人で突然お茶だけしに来た人、というのを演じる方法しかないけれど。
「これもだめか……。 じゃぁ、あの秘密基地今日愛花ちゃんに貸してあげるからさ。 そこに食べ物持ってくし一緒に食べない? その場合は俺と二人だけど」
めげないなぁ。本当に、そういうところはむしろ好ましく思える。それに、それなら私も適当に時間が潰せるし、メリットはかなり多いように感じる。雄一郎君が本当にそれでもいいなら。
「それならいいよ」
「おっけー、何食べたいとかあったら連絡してよ。 俺もいいのあったら連絡する」
まるで一番いい提案が通ったみたいに、彼は頬を緩める。こんな我儘ばっかりな私の、どこがそんなにいいんだろう。そんなことを考えそうになって、更に気分が沈みそうだったからそれも止めてしまった。
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