最終話普通の女の子(2)


 照れくさいような、それでも嬉しいって言ってるみたいな、そんな笑み。理歩がどれだけまっすぐに彼女を見ていたかは知っているつもりだから、本当に良かったなって思う。


「人はこうやって色々と人生経験を積むわけかー……」


 吐き出した独り言は、冷たさを感じさせるようになった秋の空気に溶けていく。理歩と別れて、けれどなんとなく家に帰る気にはならなくて。家の近くを散歩している。お昼より肌寒い気温もしばらく歩いていれば気にならなくなった。

 とはいえ、いつまでも帰らないのは無理だし、そろそろ帰ろうかな。

 今日はテストも頑張ったし、なんなら今まで結構頑張ってきたし、こうなったらとことん自分を労わってあげよう。


「あれ、優?」


 どこかでケーキでも買って帰ろうか、なんて思っていると、後ろから声がして、振りかえると沙耶がこちらに向かって歩いていた。


「おー、沙耶。 帰り?」

「そう。 っていうか優は何してんの?」

「あー……たそがれてた?」

「はい?」


 訳が分からないとでも言いだしそうな顔に、少しだけ笑う。まぁいいじゃん、ちょっと散歩に付き合ってよ。そう言えば、怪訝な顔をしたまま、けれど付き合ってくれるらしい。そういう深く考えないというか、さっぱりしてるとこ好きだなぁ。住宅地を適当に歩いていく。昔私と沙耶と、小学校の頃に仲の良かったこと遊んだ公園とか、懐かしの小学校とか。ここら辺来るの、結構久しぶりな気がする。


「っていうか、本当に何、どうかした?」

「えー、いやー、人生謳歌してるなぁって?」

「説明する気ないだろ」

「あはは。 んー……前言ったじゃん、理歩のこと好きって」

「あー……あれか」

「そう。 まぁなんていうか……うまくいったんだって、理歩とその、理歩が好きだった人が」


 ピリッとした痛みが胸を走る。言われた当初はそこまでだったのに、やっぱりまだ少し痛いのか。懐かしい小学校の頃の通学路。あの日は、こうやって失恋してここを歩く日が来るなんて、想像もしてなかったなぁ。まぁ、当たり前だけど。


「あー……それで散歩」

「ベタだなーとか思ってるでしょ」

「ちょっとだけ」

「おい」


 沙耶の肩をグーで結構強めに殴った。そこくらいは気を遣ってもいいんじゃない? 気を遣わないところが、沙耶らしいけどさ。オレンジ色の道路に、街灯が明かりを灯し始める。


「当たり障りなく過ごす予定だったのになー。 学級委員にだってならないはずだったし、誰かに恋してる友達なんて好きになる予定じゃなかったし、女の子を好きになるなんて本当に予想外」

「……別に、全部普通のことでしょ」

「え?」

「そんな例外みたいに言うけど、多分、全国の高校生に聞いたらさ、そんなの全部普通のことなんじゃない?」


 オレンジ色に染まる、沙耶の横顔を見つめる。明日の天気の話でもしてるみたいな、いつも通りの表情をしていた。


「こうやって失恋してさ、とぼとぼ歩いてるのだって全部普通のことで、でもそれが優の言う、人生謳歌してるなってやつなんじゃない?」


 私のさっきの言葉を少しだけからかうように沙耶が笑う。私はもう一度沙耶の肩をグーで殴る。けれど、どんな本にだってきっと書いていない位、私にとってその言葉はすごく素敵に響いたのだ。

 全部が全部、予定通りに進むなんて人生はそれこそどこにもないのだろう。こうやって色んな想定外が起きて、いろいろ考えて、一喜一憂して。そうやってずっと続いていくんだな、私も。


「沙耶、哲学者とかになったらいいよ」

「私の思想とか出まわったら世界が終わっちゃうね」

「あはは、確かに」


 オレンジの中、声を出して笑う。友達に恋愛相談して失恋を慰めてもらってるのだって、きっとありふれたことなんだろうな。

 高校に入って、初恋をして、初恋は実らないなんて言葉があるように、失恋して。そうやって過ごした半年間は、きっと忘れられない思い出になるんだと思う。


 ありふれた普通の、けれど私にとって特別な日々。

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普通の女の子 里王会 糸 @cam_amz_

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