第33話頑張ってみようかな(4)


「今回のさぁ、テスト終わったら何する?」


 時計の短針が三の文字を過ぎる頃、お土産のフィナンシェを食べ終えた沙耶がそう言う。前回もテスト終わりに四人で遊んだし、きっとそういう意味だと思う。沙耶は何かと打ち上げが好きだ。ご褒美がないと頑張れない、と本人も言うほどには。


「いつものカフェで甘いもの食べたい」

「細やかだなぁ」

「いいじゃん別に……理歩は?」

「最近的葉駅で見る、お祭りのポスター知ってる?」

「あれねー、八月十日に高校の近くであるやつ」

「そうなんだ、でも十日はバレーの合宿だな」

「私はそれ彼と行く予定だしなぁ」

「そうなんだ……え?」


 理歩の目がまん丸になって、それはよく見る猫の驚いた表情によく似ていた。沙耶は特に気にしていなくて、もしかしたらもう知っているか、気づいていたのだろうか。理歩の口が何度か言葉を紡ごうと動き、結局言葉は留まる。何を言うのが正しいのか、考えているのかもしれない。


「お、おめでとう」

「あはは、ありがとー」


 ようやく出た言葉に、絵里ちゃんがおかしそうに笑う。「でも、だからお祭りには一緒に行けないんだよね」という言葉に、理歩は前のめりだった体をもとの位置に戻した。沙耶と、絵里ちゃんはその日にお祭りには行けない。理歩はお祭りに行きたい。私の予定は今のところ埋まってない。


「優と二人で行けばいいじゃん」

「っ、私は全然、空いてるよ」

「本当? いいの?」


 理歩が私を見る。少しだけ眉を下げて、寂しそうな表情は、猫というよりは子犬に近い。つまり、可愛い。不意に向けられたそんな視線に、心臓が速度を速めていくのを感じながら、大丈夫だと言うと、理歩が安心したような表情をする。こんなの、どこにだって連れていきたくなるでしょう?


「私皆で海行きたいなぁ」


 絵里ちゃんが両手で頬杖をついてそう言う。こちらはみんなのスケジュールを合わせれば叶うだろう。


「沙耶は?」

「んー、近くのハンバーガー屋さん行きたい」

「細やかじゃん」


 笑いながら、テストが終わったら必ず行く約束をする。カフェに行って、ハンバーガー屋に行って、海に行って、そして、理歩と祭りに行く。

 自分の理歩への気持ちを自覚してからは、加速度的に気持ちが大きくなっていく気がする。隣で理歩が笑っている、その事実だけで、甘く胸が締め付けられる。また少し伸びた髪も、薄く塗られた色付きのリップも、全部に視線が奪われる。


 そんな彼女と、二人で祭りになんか行ってしまったら、どうなっちゃうんだろう。更に好きになってしまったら、私は友達のままでいられるのかな。

 それとも、頑張って、しまおうか。


「じゃぁ、海は八月六日がいいかな、どこ行くかとかは、また連絡するね」

「オッケー」

「ありがとう、絵里」


 理歩が、愛花という子を特別に思っているのだとしたら、女の子だからという理由で煙たがられることはないだろう。私が頑張って、理歩をこちらに振り向かせることさへできれば。


「祭りは私が色々時間決めて、連絡するから」

「へ? あ、う、うん」


 理歩はなんだか気合を入れているような顔つきになっている。自分から言った手前、頑張りたいのかもしれない。先ほどとは対照的に眉尻を上げて力強い表情の理歩を見つめる。本当に、いろんな表情を見せてくれるようになったよね。

 

 普通とか、女の子とか、そんなことがどうでもよくなるくらい、どうでも良くなってしまうくらい、あなたのことを、好きなってしまっているから。私も、頑張りたいな。


 頑張って、みようかな。

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