第49話それでも(3)


 長期休み明けの、まだ夏休みの気配を残した教室を出る。一階の廊下で、部活に向かう絵里ちゃんと沙耶を見送れば、私と理歩の二人だけになる。


「なぁ、この後カラオケ行かね?」

「突然すぎるんだけど。 行くけど」


 下駄箱での会話を聞きながら、黙々と靴を履き替えて、二人で正門を出る。賑やかだった声たちが遠くになって、日常が流れていく街並みを歩いていく。


「あのさ」

「なに?」

「あの公園行かない?」


 立ち止まって、十字路の右側を指で差す。この道を行けば、祭りの日に寄った公園がある。話をするなら、悪くない場所だと思う。


「う、うん」


 まだ少しだけ硬い声。通学鞄をぎゅっと握りしめている手。ずっと口を閉ざしたままなのは、緊張しているからなのか、それとも言葉にすべきことをまだ考えているからなのか。どっちだとしても、私はギロチン台の上でギロチンがおろされるのをただ待つしかできない訳だけれど。


 絵里ちゃんからもらったポジティブな気持ちが瞬く間に縮んでいく。そんなことを考えていると、理歩にも負けない程に、私の口はきつく閉じていく。


 少し住宅街を進むと、その公園があった。簡易的な小さな公園には、あの日とは違って誰もいない。ベンチとブランコを見て、なんとなくブランコを選ぶ。少し揺らすと、金属が少し錆びているのか、きぃ、と擦れる音がする。

 隣に理歩が座って、膝に鞄が置かれて、私はブランコを止めて理歩を見つめる。


「話って、まぁあの日の事の、だよね?」

「う、うん……」

「返事とかは、本当にいらないからね?」

「うん……あの日、一つだけ嘘……いや、あの時は嘘じゃなかったんだけど、違うこと言っちゃったから、それだけ、訂正できたらなって」


 初めて理歩を見た時のような、吊り上がった冷たい印象を持たせる目尻。緊張しているだけかもしれないけれど、その表情が初めて会った時の表情にそっくりで、私と理歩の関係が巻き戻ってしまったように感じてしまう。


「優の気持ち、びっくりしたけど嬉しかった。 私ってそんな風に思ってもらえる人間なんだって」

「理歩は素敵な人だよ」

「あ、ありがと……。 でも、そういう優の方が素敵だよ。 体操着持ってきてくれたり、元気がない時にも気遣ってくれたし、保健室までついてきてくれたり、祭りだって、荷物になるものは全部持ってくれた」


 ゆっくりと、理歩の表情が柔らかくなっていく。思い出しているのかな。一つ一つを思い出して、私と理歩の時間を思い浮かべて、ゆっくりと表情がほどけていっているのなら。それが、無性に嬉しくて、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。確かに、私と理歩の時間はちゃんとあるんだ。


「優はすごく優しくて、素敵な人だよ。 だから、そんな優に好きって言ってもらえるのは嬉しかった」

「ありがとう」

「うん……だからね、優には、ちゃんと言っておきたいなって」


 綺麗なまっすぐな瞳が、私をまっすぐに見据える。それは、私が見る初めての理歩だ。そっか、私が知らない理歩がまだたくさんいて、私たちはまだ、この先もきっと時間をかけて変わっていくんだよね。


「私、好きな人がいる」

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