第8話宮崎愛花(2)
「じゃぁ、またねー」
「うん、またね」
手を振ると、少しだけ照れ臭そうに手を振りかえしてくれる。それをずっと見ていたい気持ちを抑えて、くるりと踵を返す。本当はもっといたいし、もっといろんな表情を見たい。理歩が私にだけ向ける表情がもっと欲しい。
でも、それは私の中だけの秘密。
足取りは軽くしなきゃ、名残惜しさなんてないみたいに。近づきすぎないようにしなきゃ、この気持ちを知られないように。
***
「ただいま」
無機質な玄関、廊下を抜けて中に入る。電気をつけたはずなのに、無機質な冷たい雰囲気は一向に変わらない。入学式に休みを取るような親でもなければ、出迎えてくれる親でもないよねぇ。
適当にテレビをつける。音が出てればそれでいい。冷蔵庫を開けて、適当に材料をピックアップする。ご飯を作るのはママが出て行ってからは私の役目だから。いつもと何も変わらない一日。
「今日は理歩とたくさんいられたからー、頑張っちゃおうかなぁ」
悪くなりかけているかぼちゃでサラダを、後はご機嫌にハンバーグ作ろう。まだ仲のいい家族だったころによくママと料理をしていたから、腕は多分そこそこいい。パパもなにも言わないけどお家で食べてくれるし。多分だけどね。
「できたー!」
さらに盛り付けて、写真を撮る。インスタにあげてから、一人でいただきますをする。これもすっかり慣れた日常。後はお風呂入って、そうだ、明日は教科書買わなきゃだから、パパにお金もらわなきゃだ。どれくらいあるんだっけ、とハンバーグをもぐもぐしながら思い出していると、テーブルにおいたスマホが震える。
理歩だったらいいなぁ。
『やっほー、今何してるの』
あーそっちかぁ。表示された通知をタップせずそっと閉じる。もう少し寝かせちゃおう。理歩に教科書の事連絡してみようかな。多分すっごくまじめに答えてくれるよね。想像しただけで少しだけ面白い。
食べ終わったお皿を洗って、お風呂をためている間に少しだけくつろいでいると、玄関の扉があく音がして、いかにも疲れましたーって感じの中年男が帰ってきた。
「おかえりー」
「ん……もう食ったのか」
「うんー、食べたよー」
振り返ってパパの表情を見つめると、いかにも憎いものでもみるかのようにかぼちゃサラダを睨みつけている。ママの得意料理の一つで、よく出てたもんね。その表情から視線を外す。見たくないものなんて見なくていいから。
「お風呂入ってくる。 食べたら片してねー」
「あぁ」
重たく湿る部屋の空気から逃げるように出ていく。これなら、無機質な方が全然マシだよね。手に持ったスマホがまた震える。声も思い出せない、中学の頃の同級生。無駄に声が大きかったとか、いつも連れてる女の子がちがったとか、そんなことばかりが思い出されて、そのアイコンを連絡先から削除する。削除されました、という表示。
なんでか分からないけど、ひどく寂しい気持ちに心が溺れそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます