第三章:気づき傷つき
第41話それはまるで(1)
気づいたら最寄り駅まで戻ってきていた。
優と話して、私の夢じゃなければ、人生で初めての告白をされて、返事は特にいらないと言われて、歩いて、電車に乗って。思考は止まったまま、足だけがまるで機械のように決められた手順を守って動いている、そんな感覚だった。
改札を抜けて、街灯だけが照らす心もとない道に立ち止まる。今まで何度も見てきたその静かな景色に、ようやく少し冷静さを取り戻していく。
「……好き……」
優の言葉が頭の中で反響して。優の少しだけ寂しそうに言葉を紡ぐ表情や、困ったように笑う表情、私をまっすぐに見つめる表情が何度も何度も再生される。そのたびに、ゆっくりと私の足や頭に血が巡り、それは少しずつ私の体温を上げていく。機械のように規則正しく歩みを進めていた足は、今では歩き方さへ忘れたかのように歩いては立ち止るを繰り返す。
好き、だと言う。優が、私のことを。
「……」
街灯の前で立ち止まる。丸く切り取られた光の輪郭が地面を照らしている。
あの時、優の言葉を聞いて、あ、と思った。声にも出ていたかもしれない。
笑いかけられると嬉しくて、なのに他の人に笑いかけていると寂しくなる。隣にいると嬉しくて、もっといたいと思う。笑っていてほしいと思う。
その言葉は、まるで自分のようだと思ったのだ。それはまるで、昔大事にしていたものが棚の奥から出てきたような、驚きと、そして全てが思い出されて頭を埋め尽くすような感動にも似た感情。そうだったんだ、ここにあったんだ、と思った。
優の言葉はまるで、私が愛花に向ける感情のようだった。私が愛花に向ける感情を言葉にされていると思った。
そうしてようやく、私は愛花のことが好きなんだと、気づいた。
街灯の下へと進む。私に光が当たって、斜めに影が伸びる。自分の足も、体も、髪も、良く見える。むしろ、なんで今まで気づかなかったんだろう。こんなにもドキドキと私の体を突き動かしてしまうこの感情に。
「愛花が、好き」
言葉にすれば、それはストンと胸に落ちて、あるべきところに収まったような心地だった。心臓が胸にあるように、指が五本あるように、それはとても自然に、ずっとそこにあったんだ。
「優に、伝えなきゃな……」
街灯の光から抜ける。閑静な住宅街、コンビニがぽつんとあって、更に進むと公園がある。
優に、どう伝えようか。好きな人なんていないと先ほど言ってしまったばかりなのに、かといって、嘘を吐くわけにもいかないだろうし。返事はいらないと言われている手前、むしろ何も言わない方がいいのだろうか。
そんなことを頭の中で考え腕を組みながら歩いていると、公園のベンチに誰かが座っているのが視界の端に映った。なんとなしにそちらに視線を向けて、思わず立ち止まる。暗くて髪色も分からないし、後姿で顔だって見えない。けれど。
「……愛花……?」
ベンチに座った後姿は、彼女によく似ていた。
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