第13話交差(1)


 最近よく見る女の子。移動教室の時に理歩の隣にいるのを見るし、前に図書室で理歩と話していたのも見たことがある。今日だって、わざわざ理歩を呼びに来ていたくらい、理歩と仲がいい女の子。


「えー、ここで、足して五、かけて六になる組み合わせから――」


 窓の外を眺めると、体育の授業の様子が見える。あの子、だったっけ。

 第一印象は、物腰が柔らかな優しそうな女の子。今も、その印象は大きく変わりはない。気が利かなきゃ、図書室までわざわざ呼びに来てくれたりなんかしないだろうし。だから、理歩にそんな友達ができたのなら祝福するべきで。


 私の心が、狭いだけなんだよねぇ。それはわかっているつもりで、この感情が理歩にとってはよくないのも理解している。だからこそ、その間に私が何か言葉を投げかけることは決してない。

 でも。


 窓の向こう、楽し気に笑う女の子を見つめる。理歩とは違う女の子に笑いかける表情は、なぜだろう、理歩への表情とは違う気がしてしまって。

 嫉妬しているだけなのかもしれない。それでそういう風に見えているだけで、つまりやっぱり私の心が狭いだけ。


「……はぁ……」


 でも。

 理歩を見つめる彼女の視線が、まるで鏡をみているような心地だった。その視線にこもるひそやかな熱を、赤を、見てしまった気がした。


「たった一つの組み合わせでしか解けない美しさが——」


 もし、仮に。彼女の視線に、私のそれと同じものがのっていたとしたら。

 そんなことを考えると、途端に寒気がした。



***


 体育後の授業の、耐え難い眠気に必死の抵抗をして、ノートに数匹ミミズのような線を走らせた頃、授業が終わった。チャイムで意識がはっきりとした頃には、まだノートに書ききれていない板書が増えていて、慌ててノートにとっていけども、間に合わせることは叶わなかった。


 無情にも日直によって消されていく板書を見ながら、中学の頃のように愛花に教えてもらえるか画策する。とはいえ、愛花はあんまり授業は聞いていないタイプだったかも。だとすると、沙耶や優に聞いてみようかな。ノートを見せてもらうだなんて、ずるいとか思われるのだろうか。

 ホームルーム中もずっとそんなことを考えていると、時間はあっけなく過ぎていく。再び聞こえてきた起立、という声に意識を浮上させると、不思議なことに放課後になっていた。


 沙耶も絵里も部活があるし、放課後に時間があるのは優だけだ。嫌でも、先ほど体操着を図書室まで持ってきてくれた優に、更にノートまで借りるのは流石に図々しくはないだろうか。


「理歩ー?」

「へ?」


 引き上げられた意識に、目の前にはいま考えていた人物。慌てて返事をすると、やや不思議そうな物を見るような視線で、優が話し出す。もちろん、その視線には知らないふりで、すぐに消え去ってしまうのを待つ。


「放課後も図書委員だよね?」

「うん、昼休みと放課後両方が当番だから」

「だよねー……あのさ」

「なに?」

「私、図書室で適当に復習とかしてるし……待ってるから一緒に帰らない?」


 優が自分の爪を眺め始める。綺麗に手入れされた爪は、細長く綺麗に伸びている。続く沈黙に、私も一緒に爪を眺めている場合ではないのだと気づき、答えを考える。図書委員がある日は、図書室が閉まる頃に愛花がひょこりを顔を覗かせることが多い。それで、愛花と一緒に帰る数少ない日になる機会も、また同時に多い。別に約束をしている訳じゃないけれど、それを考慮には入れるべきだろう。


 しかし、一緒に帰る方がノートのことを頼みやすいような気もする。いや、でも愛花とせっかく一緒に帰れるかもしれない機会を、逃してしまうわけには。


「お願い!」


 パチン、と軽い音が鳴って、優の両手が顔の前で揃う。お願い、という言葉を体でも表現されて、断りの言葉は喉から先には出てこれなくなってしまう。まぁ、一回位帰れなくたって、愛花が図書室に来ない日だってある訳だし。ここまでされて、断るほど冷徹なつもりもない。


「いいよ、別に予定がある訳でもないから。 むしろ結構待たせちゃうけど大丈夫?」

「ぜんっぜん! よかった~」


 安堵の声に、思わず笑う。優が誘う時はいつだって少し大げさなのだ。まるで断られると罰でも与えられるかのような、そんな必死さがいつもすこしだけ不思議だと思う。面白いけれど。


「じゃぁ、図書室へレッツゴー」

「はいはい」


 途端に元気を取り戻した優の背中を追いかける。細やかな気遣いと、その天真爛漫さと。時折口にする無難とか普通が好きという言葉に反して、優の存在は眩しい。沙耶も、絵里も同様に、私にはないものをたくさん持っている。

 その中にいると、少しずつ、自分もそうでありたいと思う。

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