第5話渡理歩(2)
電車を一つだけ見送ったところで、愛花と登校できるはずもなくて。電車に乗り、周りの制服の人についていけば私の通う高校はあった。赤い花で装飾された看板に、仰々しく的葉高等学校入学式と書かれている。ほんの少しだけ浮かんでいた心は、今はその字に少しも揺れ動かない。
「おはよう!」
挨拶をしてくる先生の方が楽しげで、入学式はこの人のためにあるような気がする。私はそれに事務的に挨拶を返す。浮ついた空気が構内全体を纏っているようで、場違いなのは私だけなのかもしれないと思いなおす。
周りには友人らと楽しげに話している人たちばかりで、あの人達の笑みに、もしもの私と愛花を重ねては、静かに溜まる虚しさをため息で吐き出すことしかできない。
確認をしてもいつまでも動かずに話している人だかりに八つ当たりにも似た苛立ちを覚えながら、遠くにあるクラス割表の紙を凝視する。どうせ出席番号は最後の方だし、紙の右下に表示された数人分だけを見ては次のクラスに映る。それを二回繰り返したところに、私の名前はあった。
その名前を元に名前の羅列を遡る。愛花、愛花。一つずつ丁寧に遡って、もう一度往復して、そこに彼女の名前がないことにまたため息を吐く。また一組から戻って、彼女の名前を探そうかと考えたけれど、ふと気づく自身の執着の深さに考えを改める。後で愛花に聞けばわかることだし。
黒板に貼られたA4の紙に書かれた座席を確認して自分の席に座る。一番後方の窓側の席からは、教室全体がよく見える。私が通っていた中学からは数人しかこの高校には来ていないはずで、当たり前に周りには知らない顔ばかりが楽しげに笑っている。それを風景のように眺めた後、窓の外を眺めると、運動場と体育館が見える。校舎から体育館に続く道で、上級生らしき四人組が屯しているのも見える。入学式の準備を終えて少し休憩しているのかもしれない。
ポケットに入れていたスマホが振動する。周りを見渡してから、なんとなくこっそりと画面を確認すると、愛花の名前が表示されていた。
『何組だったー?』
『三組。愛花は?』
『七組だったー。遠いねぇ』
しょんぼりとした猫のスタンプが言葉に続く。七組の教室がどこにあるのかは知らないけど、遠いらしい。よしよしと頭を撫でるスタンプを返すと、ハートを持った猫が返ってくる。
ハートを持った猫を送り返すか迷っていると、担任の先生が教室に入ってきて慌ててポケットにスマホを仕舞う。跳ね上がった心拍数のまま起立の号令に立ち上がる。先生と自分の間にたくさんの人の壁ができて、物陰に身をひそめる猫のような心地だった。
「じゃぁ、移動」
そんな私のことなど一度も視界に入れることなく、担任は教室を去っていく。廊下で並んで移動することもなく、自主的に全員が教室を出ていく。人の流れに従って、階段を下りて廊下を歩いていくと、先ほど窓からみた景色が見えてくる。体育館に続く廊下に、先ほどの生徒たちはもう見えない。
***
入学式を終えて、苦手な自己紹介も終えて、ホームルームの時間になった。学級委員を立候補する積極的な人間はこのクラスにはいないようで、やや停滞した空気が漂い始める。
「じゃぁくじ引きで決めますよー」
「えー、それはないでしょ先生ー」
勇敢なその声に私は心の中で大きく同意する。人には向き不向きがあって、万が一にでも私が学級委員にでもなったら最悪なことになる。
「んー……じゃぁ先に他の委員決めようかな。 どれもならなかった人の中からくじ引きにするからね」
そう言って先生は柔らかい笑みを浮かべる。どれか委員になれば学級委員は免れる、ならなければ文句を言わずくじ引きに参加、という二択を笑みが提示している。全部で一六名分の委員があって、残りは一九人。十九分の二の確率は、比較的警戒に値する数値だろう。
「じゃぁ次は図書委員」
とするならば、一番コストの少ない経験のある委員に入って、最悪の事態を回避するのが得策。教室を見渡す先生の目に映るように手をあげる。こちら側を向いた先生と目があう。他に手を挙げている女子生徒はいない。
「はい、じゃぁ……渡さんだね。 よろしく」
そう言って朗らかにほほ笑む先生に、なんとなく会釈を返す。黒板に書かれた自分の名前に、ひとまず安堵を覚える。先生の策略に見事にはまっている感はぬぐえないけれど。
「じゃぁ学級委員以外は揃ったかな。じゃぁ、くじはみんなどんな形式がいい?」
そう言って向ける先生の笑顔に、この人には目を付けられない様に気を付けなければいけないと身を引き締めた。
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