第43話それはまるで(3)


「ありがとうございましたー」


 気の抜けた声を背中に受けて、コンビニを出る。愛花の持つ袋の中には、おにぎりが二つと、アイスと、ウーロン茶。どうやら今日はこれで夜ご飯を済ませてしまうつもりらしい。

 隣から聞こえてくる鼻歌。多分誰かアーティストの曲なのだろうけれど、そういったものにはあまり詳しくなくて、私はただその楽しげな横顔をこっそりと見つめていた。


「散歩しながら食べていい?」

「いいけど、転んだりしないでね」

「さすがにしないよ」


 少し拗ねた顔に、頬が緩む。隣でおにぎりを頬張り始めた彼女は、とても油断しきっているように感じられる。いつもはもっとばっちり決めて、廊下の真ん中を堂々と歩いているのに、今はTシャツとスキニーに、手にはおにぎり。私の前だからなのだとしたら、なんて考えてしまうのは自惚れすぎなんだろうか。


「でも、祭りだったらもっと遅くまで遊んだらよかったのに」

「え……っと、優が、一緒に行ってた子なんだけどね、その子が門限あるって」


 突然の確信に触れるような話題に、喉が詰まる。


 本当は、あの話題になってからどう話せばいいのか分からなかったから。私も優も、どうにもしがたい空気に今日は帰ろうと結論付けただけで。優が咄嗟に門限があるのだと切り出したのは、事実だけれど。


「……ねぇ理歩」

「え、何?」

「その、優って子となにかあった?」

「え?」


 心の中で必死に積み上げた言い訳を、見透かされた心地に思わず足が止まる。何か、まで本当は知られているんじゃないか。そんなことを思ってしまって、頭の中がこんがらがっていく。


「まぁ、愛花には関係ないかー……ごめんね、気にしないで」


 変わらない笑みをこちらに向けた後に、彼女は先に歩き始める。変わらない鼻歌、ポニーテールが軽やかに左右に揺れる。


 変わらない彼女らしさ。近づいては離れていく、嬉しさを覚えた次の瞬間には寂しさを覚える。それは彼女といれば普通のことで、今までだって何度もあったことなのに。私は愛花にとって、それくらいの距離なのだと突きつけられたようで。


 唇をきつく結んで、奥歯をぎゅっと噛みしめる。今更、どうしてそれがこんなにも痛くて苦しいんだろう。私が愛花のことを、好きだと知ってしまったせいなのかな。

 

 好きって、こんな気持ちにもなったりするんだ。優も、もしかしたらこんな気持ちになったことがあるのかな。優はすごいな。それでも、好きだって言葉にできたんだから。


「……理歩?」

「……ううん」


 鉛のように重たくなった足を無理やりに動かしていく。ずきずきと痛む胸をそっと撫でる。愛花の横顔は、それでもずっと、変わらず綺麗。


 きっと、私には告白なんて一生できない。手放すことも離れることもできないままで。飴と鞭のように降り注ぐ愛花の表情や仕草を、私はきっとこれからも見つめることしかできないのだと思う。

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