第61話特別(1)

「ごめん、私もちょっとお手洗い。 どこか後で合流するから先に回ってて」


 絵里がそう言って、優と同じ方向へ走り出した。その背中はあっという間に人影に隠れて見えなくなってしまう。突然のことに取り残された私と沙耶は、お互いに視線を合わせる。


「……何かあったのかな」

「んー……まぁいいんじゃない。 どっか回ろ」


 優や絵里と反対の方向に沙耶が歩き出して、こういうところは本当にさっぱりしているなと思う。私は二人の背中を少しだけ思い出しながら、沙耶の後についていった。後で合流するって言っていたし、大丈夫だよね。


「理歩はどこ回りたい?」

「え、んー……沙耶は?」

「バレー部がいるところは周りたいけど、それだとほとんど全部のクラスになるんだよね」

「バレー部人数多いもんね」

「そうそう、だから理歩が行きたいとこでいいよ。 結局そこにもバレー部がいるわけだし」


 なるほど。私の行きたい場所がそのまま沙耶の行きたい場所でもあるから、遠慮はいらないということなんだと思う。私はといえば部活もしていないし交友関係も全くと言っていいほど広くないから、必然的に行きたい場所は一か所だけになる。


「じゃぁ、愛花のクラス行ってもいい?」

「あー、宮崎さん! 可愛いよねぇ……私も普通に宮崎さんがコスプレしてるの見たい」

「ちょっと」

「えー、でも多分多いでしょ、そういう人」


 確かに。昔からよく声はかけられているし、今だってきっと似たようなものだろう。教室にきただけで教室が少し騒がしくなったのだから。それでも、理屈ではない部分で心に影が落ちるのは、きっと避けられないのだろうと思う。私が愛花を特別に思う限り。

 人で賑わう廊下を抜けて、七組の教室の前まで来ると看板を持った人が大声で呼びかけていて、その人は愛花とよく一緒にいる人だった。女の人たちが彼に話しかけて、笑顔で迎えた彼が女の人たちを案内している。


「なんか賑わってるね」

「うん……」


 段ボールで作られたカフェのメニューに、教室のドアにも凝った装飾がされている。そこを抜けると、猫耳や白衣、メイドといった様相の人たちがいて思わず身を固くする。こういうハロウィンにも似た雰囲気は苦手な部類だ。


「いらっしゃいませーこちらの席へどうぞ!」 


 案内された席に座って、教室を見渡す。コスプレのそのどれも、愛花ではない。黒板の近くのキッチンスペースの隅に、探していた彼女がいた。私と同じようにただ黙々と仕事をこなしている彼女を見て、小さく笑う。昔から、学校の行事ごとにはあまり積極的じゃないよね。いつもの制服にエプロンをつけた彼女を見ていると、不意に手元から視線をあげた彼女と目が合った。さっきのお返しに、次は私が小さく手を振れば、彼女の頬が優しく緩んで嬉しさをにじませるように目尻を下げる。


「なんかさぁ……理歩に向ける宮崎さんの笑顔って、すごいよね」

「え?」

「なんか……特別に可愛い気がする」

「……見ないでよ」

「えー、独り占めはずるいって」


 そう言って沙耶が屈託なく笑う。独り占めしたいっていうのは、恐らくその通りなのだと思う。それと同時に、もし沙耶の言うことが本当なのだとしたら、それはとても嬉しい。他の誰よりも、私が一番彼女の可愛い部分を知ってるだなんて、まるでそれは本当に、彼女の特別になれているような気がするから。

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