第65話笑って(2)
少しだけ絵里ちゃんに甘えて、体を離す。もういいの、なんて少しだけ意地悪に、けれど優しく聞いてくれる絵里ちゃんに頷く。これ以上泣いたら、きっと目が腫れてこの後人に会える顔じゃなくなっちゃうから。それに、絵里ちゃんだって文化祭を楽しみにしていたし、これ以上甘えてしまうのは良くないだろう。
「もう大丈夫」
「……強いね、優ちゃんは」
私のよりも小さな手のひらが、ゆっくりと頭を撫でる。さっきからぎゅってされたり頭を撫でられたりかなり気恥ずかしいけれど、こうして私のことを気にかけてくれる人がいるという事実は、こういう時には大きな支えになるような気がする。苦しかったものがなくなる訳でもないのに、どうしてだろうそれを少しだけ軽くしてくれるような、そんな気がするのだ。
「追っかけてきてくれてありがとう」
「当たり前じゃん」
そう言って、笑いながら立ち上がる絵里ちゃんに続いて立ち上がる。相変わらずの秋晴れに、少しはその下に立つのにふさわしい表情をできているのかな。目を閉じれば、まだじくじくとうずくような痛みが鮮明に感じられる。けれど、うん。作り笑顔位ならちゃんと作れる。
「戻ろっか」
「うん。 今どこ回ってるか連絡してみる」
戻ろう、いつもの場所に。この痛みまで受け止めて、ちゃんと笑えるように。
***
沙耶についていった先はお化け屋敷だった。二人で一組になって入るそこに沙耶と入れば、思っていた以上に暗くいつもよりも沙耶に近づいた。オカルトなどの類は信じていないけれど、単純にこういう空気は苦手だった。真っ暗中に得体のしれないものが突如現れる、その現象自体に心臓が跳ねるのは仕方のないことだろう。
「びっくりしたぁ……」
「あはは、最後絶対来ると思った」
出口を抜けて急な眩しさに目を細める。まだどくどくと早い心臓を宥めていると、優と絵里から連絡がきた。五組の前だと告げてしばらくすると、二人が戻ってきた。
「どこまで行ってたの」
「いやーなんかめちゃくちゃ強引な客引きとかに引っかかっちゃって」
「まぁいいけど。 次どこ行く?」
「逆にまだ回ってないとこどこ?」
いつも通りの空気の中で、どうしてだろう優の目が少し赤いような気がする。まるで泣いた後、みたいな。けれど優の言動にそんな影は見えないし、そもそも泣くような理由も見当たらない。文化祭で疲れでも溜まっていたのかな、なんて考えながら見つめていると優と目が合った。
「……私の顔どこか変?」
「え? いや……ううん」
「変なの。 次二年四組だって、行こ」
「うん」
いつも通りの笑み、いつも通りの声。やっぱり、気のせいなのかもしれない。少しだけ人が減ってきた廊下を歩いて、絵里の彼氏がいるというクラスに向かう。上級生がたくさんいる教室に少し緊張しながら射的やくじ引きを楽しんで、可愛い装飾のカフェに入ったりもして。そうやって色んなクラスの場所を回れば、あっという間に十五時になって校内に終了のアナウンスが鳴り響く。
「やばー、満喫しちゃった」
「教室戻らなきゃ」
「ていうか、カフェ大丈夫だったかな」
「なんの連絡もないし大丈夫だったんじゃない?」
そんな会話をしながら教室に戻る。文化祭が終わったことへの少しの寂しさを感じながら、それでもこの後の約束を思い出せばそれだけで足取りは軽くなる。夢みたいな現実に、私自身がまだどこかふわふわと定まっていないような、そんな心地。
「あ、ミスコン見に行くの忘れてた」
「あー、あったね、それ」
「ていうか体育館の出し物系何も見てない」
早く片付け、終わらせなきゃ。待ち合わせ場所はどこだろう。愛花のクラスは何時に終わるかな。約束の時間が近づくほどに、そのことだけで頭がいっぱいになっていく。早く、愛花に会いたいな。
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